酒場では粋に振舞いたい話【書評「日本の夜の公共圏」】

「サードプレイス」って、日本にはその言葉が入ってくる前からとっくにあったんですね。

【内容紹介】
サントリー文化財団が奇妙な団体に助成金を出したと話題になっている。その名も「スナック研究会」。研究題目は「日本の夜の公共圏――郊外化と人口縮減の中の社交のゆくえ」という。
スナ研のHPによると、「日本に十万軒以上もあると言われる「スナック」について、学術的な研究がまったく存在しないことに憤り」を感じて決起したという。目指す到達点は以下になる。
〈スナックは、全国津々浦々どこにでもあるが、その起源・成り立ちから現状に至るまで、およそ「研究の対象」とされたことは、いまだかつて、ただの一度もない。本研究では、社会的にはおよそ真面目な検討の対象とはされて来なかった、このスナックという「夜の公共圏」・「やわらかい公共圏」に光を当てることで、日本社会の「郊外/共同体」と「社交」のあり方を逆照射することを目指すものである。〉
調べた結果は仰天するものばかり。人工衛星による夜間平均光量データまで駆使して出てきた統計結果にメンバーも困惑するしかない…。

Amazonの著書紹介ページより)

酒は好きだし独身時代は週末いつも歓楽街に繰り出していたものです。とはいえスナックは縁遠い存在。「オジサンの行く店」という印象がある。年齢的にオジサンと化した今では飲みに出る機会も減り、ますますスナックは縁遠い。

また飲みに行きたくなったなぁ。

とはいえこの本で語られる「様々な地位・年齢の人びととの交流によって、『社会人としての嗜み、人間関係のさばき』が身につく」場としてのスナックは、自分が飲みに行く場が持つ機能とほぼ同じ(カラオケはないけれど)。会社や同じ組織のメンバー同士でのアルコールを介したコミュニケーション(飲みニュケーション)とはまた違う個人の楽しみなんですよね。

またスナックが人々が文化・社会的討議をする場だった18世紀イギリスの「コーヒーハウス」とも異なり、人情を理解し「是非を厳しく論ずることなどせず、『なるほど、そういう場面・立場では、そのように思うものだな』と店の会話に加わるのが、スナックの楽しみ方」なのも納得。語るのではなく聞き役に回るのが粋です。

この本では複数の執筆者がスナックについて様々な角度から論じている。法規制だったり文化史だったり刑法犯認知件数との比較だったり。中には読み慣れないカタカナ語を並べた賢しらな論もあるのだけど、座談会もあって軽くも重くもスナックについて語っている。総じて普段語られることの少なかった「スナック」について色々な見識が得られます。女性が酒をサービスするスナックの前身とも言える(明治時代の)カフェーでは女中の人気投票があったりとか(!)。

まぁこの本に書いてあったことをスナックのカウンターで披露しても野暮なだけでしょうけどね。そもそも「今まで会ったかたたちでも、志に燃えてスナックを開店したなんて人は一人もいない」のだし。その場に合わせて酒を楽しめばいいのです。

ただ、人がふらりと飲みに行くのにはその人自身だけでなく、ひろく社会全般にも意味があるというのが分かる、面白い本でした。

日本の夜の公共圏:スナック研究序説
谷口 功一 スナック研究会
白水社
売り上げランキング: 2,389

関係が創造を生み出す話【書評「POWERS OF TWO 二人で一人の天才」】

様々なエピソードを紹介しながら人間関係と創造力についてまとめ上げた本でした。

【内容紹介(「BOOK」データベースより)】
一人では何もできない。二人なら何でもできる。アップルもグーグルもソニーも、なぜ二人で起業?あらゆるイノベーションは、二人組から生まれる?クリエイティブ・ペアに学ぶ、創造性のシンプルな本質。
【著者について】
ジョシュア・ウルフ・シェンク Joshua WolfShenk
キュレーター、エッセイスト、作家。精神衛生、歴史、現代政治・文化、創造性をテーマに講演・執筆。ニューヨーク・タイムズ、ニューヨーカー、GQなどに寄稿。一般の人々が体験談を語るストーリーテリングのイベント「モス」に立ち上げから関わる。また、心理学から創造性を研究する「アーツ・イン・マインド」を主宰。著書『リンカーン』(明石書店)は、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストの年間ベストブックにノミネートされた。ロサンゼルス在住。

Amazonの著書紹介ページより)

紹介されるペアはポール・マッカートニーとジョン・レノン、投資持ち株会社を経営する著名投資家ウォーレン・バフェットと副会長のチャーリー・マンガー、バスケットボール選手のマジック・ジョンソンとラリー・バード…などなど。振り付け師とダンサーのような役割分担が明確なペアもあれば、一方が影のように公の場では目立たないペア、あるいはライバル関係もペアとして紹介される。

交わると予想以上の変化が起きる、のでしょう。

創造は一人でするもの、という定説に著者は別の見方を示す。「英雄個人ではなく、英雄を生む文化──16世紀のフィレンツェの宮廷、啓蒙時代のロンドンのコーヒーハウス、ピクサーのスタジオ──が主役なのだ」。ペアの誕生(出会い)から互いを理解し、距離を深め、自然と役割分担をするようになる。高め合う関係が最高のパフォーマンスを生む。そのパフォーマンスが生む影響力はペアにも及び、ペアのバランスが崩れることもある。仲違いし、分裂する。しかしペアは壊れても、ペアだった相手のことは心の中で生き続け、影響力を与え続ける。ペアが生む全てがこの本には描かれている。

一方で読み進めるうちに、自分とは縁遠い世界のようにも思えてくる。創造性を発揮してる!って自覚がないのはまだしも「この人と自分はペアだ」と思える人がいないんだなぁ。

でも最後、著者が自身に引き寄せて書いたあとがきがその答えになった。

挑戦するためには、助けを求めよう。
自分より大きな何かに身を委ね、自分より大きな何かに導こうとする内なる流れに身を委ねる。そのような出会いを受け入れよう。
受け入れたら、次は自分の役割を演じる。

自分の創造力を広げる機会は、あなたが持っているのかもしれません。

POWERS OF TWO 二人で一人の天才
ジョシュア・ウルフ・シェンク Joshua Wolf Shenk
英治出版 (2017-04-15)
売り上げランキング: 17,539

好奇心が組織をちょこっと変える話【書評「ある日うっかりPTA」】

軽く読ませながらも、社会活動への関わり方を考えさせられた本でした。

【内容紹介】
金髪、ヒゲ、サングラスのフリーライターがひょんなことから、息子が通う公立小学校のPTA会長に就任!自分には無関係な存在として大した関わりも持ってこなかったPTA。三年の任期を経て今、感じることとは―。PTA会長になるのは簡単だ。(中略)なぜならば公立小学校の場合、自分からPTA会長をやりますなんて言い出す人間はほぼ皆無だからである。PTA会長に大事な資質。それは、おっちょこちょいであることだ。はい、おっちょこちょいです。私、自分でもおっちょこちょいだと思います。そうじゃなかったら、PTA会長になんてなるわけがないじゃないですか――。(本文より)

Amazonの著書紹介ページより)

著者は自分を「おっちょこちょい」と評しているが、実際に動かしてきたのは好奇心だと思う。

断らなければその先がある。自分の知らなかったことをいろいろ教えてもらえる。思ってもみなかった世界が、すぐ前に開けているのかもしれない。それを知らずに済ませるのは、もったいなさすぎるんじゃないか。

というのがとても腑に落ちる。個人的にも様々な役職を引き受ける際に、似たようなことを思ったのだ。この本はPTAについて書かれているが、個人と組織の関わり方ってPTAに限らず自治会や労働組合など、どこも似たり寄ったりな気がする。

この風貌で会長を務めたのもスゴイ(笑)

「がんばらない、をがんばろう」を合言葉に旧態依然に見える業務は改善する。当初は存在意義がわからなかった上部団体については「よそのPTAはどうしてるんだ?」という情報交換の場と解釈し、仲間もできる。でも人間関係がこじれてしまうこともある。そして雰囲気になじめないなら距離を置く。団体行動が苦手というフリーライターの著者と、前例だらけのガチガチ組織の関わり方は意外に自然だった。パートナーである校長先生との関係が良かったのもあるかもしれないが、先述した著者の「好奇心」も良かったとのだと思う。

対象に好奇心を発揮する時って、まずは対象の有り様をきちんと知ることから始まるわけで謙虚な姿勢から始まらざるを得ない。自身の勝手な思い込みだけで対象をいじることはない。まず知った上で、問題があれば自分一人ではなく仲間とともに変える(ココ大事)。なんだったら組織外の人も巻き込む。この本の中でもそんな例が出てきた。「PTAはここがヘン!」と言い立てて終わるだけでなく、きちんと関わって結果も出した著者はオトナなのである。

そのときそのときを一所懸命にやって、時期が来たら後の人に譲って去る。(中略)関わる人それぞれがが限られた時間の中で最善を尽くせばいい。

著者が3年間の小学校PTA会長活動で得たのはたまに飲みに行ける地元の友達がけっこうできただけ、と謙遜するが、地元に仲間をつくれるって実際はとても有意義なのではないか、とも思う。温泉旅行、楽しそうだもの。

ある日うっかりPTA

ある日うっかりPTA

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杉江 松恋
KADOKAWA (2017-04-28)
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御大の言葉をかみしめた話【書評「富野に訊け!!」】

アマゾンの電子書籍「KINDLE」5周年セールで買った1冊。思いの外、読み応えがありました。

【内容紹介】
『機動戦士ガンダム』監督による破格の人生相談がついに電子書籍になりました! 対人関係から勉強、仕事、恋愛、生と死の深淵まで、富野監督が人生の大疑問に全力で答えます。「どうすれば、他人に優しくなれるのか?」「異性と普通に話ができるようになりたい」「仕事にやりがいが見いだせない……」。多くの人が抱える悩みに対して、時に厳しく、時に優しく語られる言葉の数々は、人生に惑うあなたにきっと一条の光を与えてくれるはず。今日厳しく感じられる言葉も、十年後には正しいアドバイスだったと実感します。人生に迷ったときは、富野に訊け!! (月刊「アニメージュ」連載・アニメージュ文庫『富野に訊け!!』を電子書籍化)。
【著者略歴】
富野由悠季
1941年神奈川県生まれ。アニメーション監督、小説家。64年に日本大学芸術学部映画学科卒、虫プロダクションに入社しテレビアニメ『鉄腕アトム』のスタッフとなる。67年に退社後、CMディレクターを経てフリーの演出家に。72年に『海のトリトン』で実質的に初のチーフディレクターを務め、79年に『機動戦士ガンダム』の原作・総監督となり、のちに世の中にガンダム・ブームを呼び起こす。以後、現在まで多数のオリジナルテレビアニメの原作・監督を務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(Amazonの書籍紹介ページより)

作品自体は見たことがなくても「ガンダム」というアニメ作品の存在は広く知られているはず。「ガンダム」のほかにも著者はテレビ向けに数々のロボットアニメを制作してきました。作品に出てくる登場人物に共通の芝居掛かった独特の台詞回しや、あまりに個性的な著者自身の存在も話題なのです。

骨太オヤジっていつの時代にも求められるのです。

同じアニメ監督としてテレビに登場する人では、宮崎駿もなかなか口の悪いヒトでしたが、この著者は宮崎駿以上の毒を吐く。しかも表現がややこしいw。なおかつ自分のコンプレックス、妬みを臆面もなく晒す。下で働くのはまず間違いなく大変な人です。

しかしこの人には目を離せない魅力がある。先述した自分のダメなところも晒しながら周囲を批評しまくるので、強い部分と弱い部分がないまぜになる姿が正直でもあるし、主張に説得力を持たせているのです。

この本はアニメ雑誌「アニメージュ」に2002年から2009年にかけて連載された、読者からの人生相談。一番痛烈なのは「仕事にやりがいを見出せない」という質問への回答か。著者はこの質問者の手紙が読ませ方、見せ方についてまるで考えていない、質問者は社会人としての立ち居振る舞いが身についていないと批判した上で「治療法はない」「アニメ雑誌なんかにこういう質問を持ってくるのは甘え。もっと上等な雑誌に持っていくはず」と、けんもほろろ。掲載誌までとばっちりを食う始末。

でも質問者本人にとっては気の毒だけど回答の最後「ちょっとした文章だけでも人の品位や性格は伝わってしまう」という著者の言葉にはハッとさせられる。まずそういうところから鍛え直せ、ってことだろう。文面に書かれている以上のものを読み取ろうとするのが興味深い。

「アニメ監督になるには?」という高校生の質問への回答は内容が面白いように二転三転。「(著者自身が)高校生の時は絵や小説をどんどん書いていた。何もしてないなら君は普通の人。以上です。」とあっさり結論を下した上で「貴方がなぜアニメに簡単に興味を持ったか」に問いを変え、答えもくれる。それはアニメ雑誌を迂闊に読んだから。つまり…

あなたが世間に溢れかえった情報をそのまま受け止めてその情報を「良い」と判断してしまうのは、あくまであなたが受け止めているその情報の「量」が多いだけの話なのです。

この後の著者の真の結論は、だから若いあなたは色々な体験をして自分のやりたいことを探してください…となるのだけど、抜き出したこの部分、タコツボ化した今のネット社会への警告にもなっていないか。いろいろに読み取れる楽しさがあちこちにあるのです。

創作の世界に憧れた若者が就職難の中、当時は社会的に目立たない産業だったテレビアニメ制作プロダクションに入社し、いつか実写映画を撮る日の為にとアニメ監督の仕事を続け、実写の仕事はこないけれどアニメ監督として名をあげた。そんな自分に忸怩たる面もあるが悪くないとも思っている−。欲望と諦観を重ね持つ先達の姿はハードボイルド。人生の全てを体現しているような著者は、ファンが呼ぶ通り、まさしく「御大」なのです。

富野に訊け!! (アニメージュ文庫)
徳間書店 (2014-10-24)
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ちなみにテレビアニメ「機動戦士ガンダム」の制作から打ち切り、その後の再評価の顛末はこのマンガで描かれています(キャラクター描写は誇張されてるけど)。

「ガンダム」を創った男たち。上巻 (角川コミックス・エース)
KADOKAWA / 角川書店 (2014-08-11)
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「ガンダム」を創った男たち。下巻 (角川コミックス・エース)
KADOKAWA / 角川書店 (2014-08-11)
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不安から逃げない話【書評「不完全な時代」】

今を生きる意味を考えたエッセイ集でした。

【内容紹介】
ますます複雑化し肥大する現代の情報化社会を私たちが生き抜くために必要な力とは何か? 変革せねばならないことは何か? ユビキタス・コンピューティングの新概念で世界を変えた著者が綴る提言エッセイ。
【著者について】
東京大学大学院情報学環教授。1951年東京生まれ。 専攻は電脳建築学。工学博士。TRONプロジェクトのリーダーとして新概念によるコンピュータ体系を構築。2003年紫綬褒章

(アマゾンの著書紹介ページより)

最初の方で示される「人工の自然」という考え方に興味を持った。著者は便利な機能が盛りだくさんの日本のトイレ事情を例に、トイレにどんな自動機能がついているか(蓋の開閉、洗浄など)見極める力が必要になってきているという。それは環境に注意を求める意味で人間の退化を防ぐのであって、頭の形で毒ヘビを見分けるような自然の中で暮らすための知識となんら変わらない。「人工の自然」を生きるための科学技術の教養なのだそうだ。

生き抜くための姿勢はあっても処方箋はないんですね。

著者は、科学技術の進歩で便利になることを安易に「人間の退化」とはしない。だって人間の歴史はどんな時代でもその前の時代から進歩しているのだから。安易に昔を懐かしむのではなく「どうしてそうなるのか」という技術の原理に興味を持ち技術の限界もわかる教養を身につけるべきだという。

激動の時代には「(成功者を生む)反骨と(成功者に求められる)教養を同時に身につけた人が必要」という指摘も重い。今の日本人には技術はあっても反骨、教養がない。しかし戦国武将や明治初期には両方を兼ね備えた人はいた、と書く。その頃の話ってよく日曜夜8時にドラマでやってますねそういえば。今の日本にないもの、と理解されているのでしょう。

一貫して著者が述べるのは「自分で考えることの重要性」と思った。高齢者のような情報弱者へのフォローも大事と述べつつ、閉塞感のある日本を変えるには「難しいことは偉い人が決めて」と任せきりにしてはいけない。そんな任せきりにできる人はいないし、これが正しいという判断もない。だからこそ、判断の結果を皆が引き受けるのが民主主義。

人々が正しく情報を得て、さらに正しい情報が常に得られるわけではないという不安にも向き合いながら、その中で最も確からしい判断をする。そして、その結果について諦観する。

著者が言う「不完全な時代に向き合う姿勢」はこういったものだ。まぁ考えてみれば「完全な時代」は永遠に来ませんからね。科学に政治、経済、感情と社会を構成するものはいろいろあるけれど、合理的に判断するのが大事ですね。

不完全な時代 科学と感情の間で (角川oneテーマ21)
坂村 健
角川書店(角川グループパブリッシング)
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成熟するのも楽じゃない話【書評「あなたの人生の意味」】

非常に自己抑制的な生き方を理想とするよう説く一冊。前回紹介した「ヒルビリー・エレジー」と合わせて考えると、ちょっと理想主義的すぎるのかなぁ。

内容(「BOOK」データベースより)
人間には2種類の美徳がある。「履歴書向きの美徳」と「追悼文向きの美徳」だ。つまり、履歴書に書ける経歴と、葬儀で偲ばれる故人の人柄。生きる上ではどちらも大切だが、私たちはつい、前者ばかりを考えて生きてはいないだろうか?ベストセラー『あなたの人生の科学』で知られる『ニューヨーク・タイムズ』のコラムニストが、アイゼンハワーからモンテーニュまで、さまざまな人生を歩んだ10人の生涯を通じて、現代人が忘れている内的成熟の価値と「生きる意味」を根源から問い直す。『エコノミスト』などのメディアで大きな反響を呼び、ビル・ゲイツら多くの識者が深く共鳴したベストセラー。
著者について
《ニューヨーク・タイムズ》のop-ed(署名入り論説)コラムニスト。シカゴ大学卒業。《ウォール・ストリート・ジャーナル》、《ザ・ウィークリー・スタンダード》、《ニューズウィーク》の記者・編集者などをへて、2003年より現職。PBS、NPR、NBCなどのテレビやラジオ・コメンテーターとしても知られ、イェール大学でも教鞭を執る。アメリカ芸術科学アカデミー会員。本書(2015年)は《ニューヨーク・タイムズ》ベストセラーリスト(ノンフィクション部門)で1位を記録し、さまざまなメディアで反響を呼ぶ。ほかの著書に、同じく《ニューヨーク・タイムズ》ベストセラー1位となった『あなたの人生の科学』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)、On Paradise Drive、『アメリカ新上流階級ボボズ』など。

(アマゾンの著書紹介ページより)

紹介されている10人は米大統領アイゼンハワーやルネサンス期の哲学者モンテーニュは日本でも知られているだろうけど、他はローマ時代の哲学者アウグスティヌスとかアメリカの公民権運動活動家や米国初の女性閣僚とか、ピンとこない人が多い。欧米人なら名前を聞いただけですぐわかるんだろうけど、各章を読み進んでも「この人は結局何をした人なのか」が曖昧な印象が残る。

ただ「何をした人か」というのは著者の言う「履歴書向きの美徳」なのだろう。著者が伝えたいのは彼らが何かをなすまでにどれだけ苦労したかと言うこと。堕落した生き方から再生したり愛を求め続けたり常に自分を自制し続けたり。偉大な生き方とはそういうものでしょ?と著者は繰り返し問いかける。

平凡で単調な人生で良ければ、それで自分は満足だというのなら、道徳的であろうとして闘い、もがき苦しむ必要はないかもしれない。だが、より良く生きたいと望むのであれば、そうはいかない。より良く生きようとすれば、人生の多くの時間は闘いになるし、拷問にかけられているような苦しみを味わうことになる。常に道徳的であるためには大変な勇気が必要になる。行く手を阻む者、嘲笑う者も大勢いるに違いない。だが、それでも、最後は単に快楽のみを追い求めた人間よりも、はるかに幸福になれるはずだ。
人となりは、その人の努力の賜物、その人の作品のようなものということだ。そちらの方が「本当の私」であり、生まれた時の「ありのままの私」と同じではないことになる。
人が未来のことを思う時には、幸せに生きている自分の姿を思い描くのが常である。ところが面白いのは、人が過去を振り返って何が今の自分を作ったかを考える時に思い出すのは、たいていは何か辛い出来事である。
自分の人生を一つの道徳的な物語ととらえ、苦難もその物語の一部とみなすべきということだ。良くない出来事に出会ったら、それを何か神聖なものに転換しなくてはならない。
私たちは皆、「失敗する人」である。だが、人生の意味は、失敗の中にある。人生の美もそこにある。失敗することで何かを学び、年を追うごとに成長する、そこにこそ意義があるのだ

などなど印象的な一節をあげてみました。いいことを書いているとは思う。けど道徳の教科書を読んでいるような窮屈感は最後まで拭えなかった。

「マジメか!」と言いたくなる衝動が湧くんですよねー

前回紹介した「ヒルビリー・エレジー」の著者の半生も、この本で紹介されてもおかしくないような偉大な生き方の物語だった。でもこの本では(社会活動に尽力した人物を紹介した章もあるとはいえ)偉大な人生は個人の努力で得られる、という考え方が基本にある。自己向上という意味の中には独善的に陥らないよう中庸の大切さも説く面や、現在の個人主義は経済的な向上を求めるだけで精神の向上を求めていないと説く面もある。正しい個人主義ではない、と言いたいのでしょうね。

それは決して間違ってはいない。しかしこの本のメッセージが届かない人もいるだろうな、という疑念は残った。「ヒルビリー・エレジー」で描かれたような、向上する生き方を考えることすらできない人もいる、という視点が足りないようにも思う。この本の原著が出版されたのは2015年。米大統領選でトランプ旋風が吹き荒れる前だった。著者は今、今のアメリカをどう見ているのかな。

あなたの人生の意味――先人に学ぶ「惜しまれる生き方」
デイヴィッド・ブルックス
早川書房
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アメリカは希望の国ではなくなった話【書評「ヒルビリー・エレジー」】

アメリカの白人労働者層のあまりに厳しい暮らしぶり。その責任は自らにある、とする結論もまた苦い。

【内容紹介】
無名の31歳の弁護士が書いた回想録が、2016年6月以降、アメリカで売れ続けている。著者は、「ラストベルト」(錆ついた工業地帯)と呼ばれる、オハイオ州の出身。貧しい白人労働者の家に生まれ育った。回想録は、かつて鉄鋼業などで栄えた地域の荒廃、自分の家族も含めた貧しい白人労働者階級の独特の文化、悲惨な日常を描いている。ただ、著者自身は、様々な幸運が重なり、また、本人の努力の甲斐もあり、海兵隊→オハイオ州立大学→イェール大学ロースクールへと進み、アメリカのエリートとなった。今やほんのわずかな可能性しかない、アメリカンドリームの体現者だ。そんな彼の目から見た、白人労働者階級の現状と問題点とは? 勉学に励むこと、大学に進むこと自体を忌避する、独特の文化とは? アメリカの行く末、いや世界の行く末を握ることになってしまった、貧しい白人労働者階級を深く知るための一冊。

(アマゾンの書籍紹介ページより)

大学を卒業しない労働者階級の白人アメリカ人は「ヒルビリー(田舎者)」と呼ばれているそうだ。著者の母親は結婚と離婚と薬物依存を繰り返す。著者に平穏をもたらしたのは祖父母と姉、そのほかの一族たち。著者はなんとか貧困から抜け出し弁護士になるが「あとがき」に記す彼の見た夢は、自身に今も残る粗暴さにおののく姿を描いていて、苦い。

ヒルビリーを断罪せず寄り添う筆致が切ないのです。

今の貧しい生活から抜け出すことすら考えられない絶望と、家族を侮辱するものには激しい怒りを示す親愛が共存するヒルビリーの複雑な社会。自分の人生は自分で切り開く、公の支援を受けるのは恥、という意識があるいっぽうで、よりよい暮らしを求めて勉学に励むことは「女々しい」と忌避する。古い「男らしさ」が残っているようだ。結果、自身の真の姿を直視できない人が多いというのだ。

著者の絶望のピークは高校生の時。薬物から抜け出せない母親が抜き打ち薬物検査を逃れるため、著者に「きれいな尿を欲しい」と懇願した時だ。著者はこの出来事を機に結婚と離婚を繰り返す母から離れ、祖父母の元で高校に通う。生活が安定した著者は成績が向上、進学を考える。しかし進学資金の不足、大学の自由な生活が自身を(母のように)堕落させるのではないかという不安から海兵隊に入り、社会常識を身につけた上で進学していく。

著者を最後まで支える祖母が涙ぐましい。実の子(著者の母親)はまともな人間にはならなかったが、祖母は著者にこう教える。

楽をして生きていたら、神から与えられた才能を無駄にしてしまう、だから一生懸命働かないといけない。クリスチャンたるもの、家族の面倒を見なくてはならない。母のためだけでなく、自分のためにも、母のことを許さなければならない。神の思し召しがあるのだから、けっして絶望してはいけない。

真面目に生きろ、家族を大事にしろ。言っていることは何も間違っていないし、ヒルビリーと呼ばれる人たちもそのつもりで生きているはずだ。しかし実際は貧困の真っ直中にあり、そこから抜け出せない。成功するのは才能のある人間だけと思い込み、努力の意味を考えられない。

本文中にドナルド・トランプの名前は出てこない。オバマの名は出てくるが、著者のような人々にとってオバマのような完璧な学歴を持ち大都会で暮らす人は別世界の人間なのだそうだ。その後の大統領選で後継のクリントンが敗れ、トランプが勝利したのはヒルビリーに着目したから。ヒルビリーはアメリカ社会にそれだけ影響力を持つ程の存在になっていたのだ。

でも本当は彼らの生活を向上させるにはトランプに一票を投じるだけでなく、著者のように自ら生活を変えないといけないのだ。経済学ではブルーカラー(肉体労働者)からホワイトカラー(知的労働者)に社会構造が変われば労働者もそれに合わせ変わるもの、と聞いた覚えがあるが、変化は簡単ではないようだ。

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

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J.D.ヴァンス
光文社
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大人は意識低くて上等な話【書評「芸人式新聞の読み方」】

新聞のゆるい読み方を紹介しながらムムッと思えるメディア論としても読めました。

【内容紹介】
芸人ほど、深く、おもしろく新聞を読み込む者はいない! これで「読んだつもり」からもう卒業!!
なぜか新聞がどんどん好きになる! 人気時事芸人による痛快&ディープな読み方、味わい方をお届けする本書。たとえば、こんな読み方を紹介しています。
・朝刊紙社説は、「大御所の師匠」からの言葉として読む。
・スポーツ紙と芸能事務所の深い関係から見える「SMAP解散の真実」。
・森喜朗氏の記事を読むことは日本の政治家を考えることだ。
・「日刊ゲンダイ」の終わらない学生運動魂。
・「東京スポーツ」から「週刊文春」へ。最強のスクープバケツリレー。
結局、新聞にこそ、世の中の仕組みが詰まっているのです!
【著者について】
1970年長野県生まれ。スポーツからカルチャー、政治まで幅広いジャンルをウォッチする「時事芸人」として、ラジオ、雑誌等で活躍。著書に『教養としてのプロレス』、『東京ポッド許可局』(共著)がある。オフィス北野所属。

(アマゾンの著書紹介ページより)

ヤフーなどを通じてネット上で記事は(無料で)読まれているけれど、媒体としては読まれなくなってきた新聞。著者は芸人としての視点から「おじさんが書いておじさんが受信する『オヤジジャーナル』」である新聞の伝統の作法を紹介している。

「おもしろまじめ」ってのが大事なのかなー。

芸人視点なので主要全国紙、スポーツ紙を擬人化するという下りもあるけれど、同じニュースを素材に全国紙の報道姿勢(紙面展開や見出しのつけかたなど)の違いをきっちり比較している様子はまさに一人編集会議。新聞って各家庭で1紙しか取らないのが普通だから比較って難しいんですよね。全国紙の一部では事後的に各紙の姿勢を検証するコーナーを設けているところもあるけれど、だいたい結論は自社をよく印象付けるだけなので…。ホントですよみなさん、読み比べてわかることもあるんですよ新聞は。

でも最終章「ネットの『正論』と『美談』から新聞を守れ」では擬人化という形で著者が面白がっていた各紙の論調や報道姿勢(著者言うところの「芸風」)がネットでは通用しないと痛感している。また各紙が自身の「芸風」に引きずられることへの警告も発している。

そんな(新聞側も読者側も含めた)社会への著者の助言は簡単だ。「意識の低い大人になれ」である。この本を通じて著者の姿勢の根幹にあるのは「半信半疑」。ワクワクしながら疑う余裕である。著者は「はじめに」で「自分は『川口浩探検隊』とプロレスでリテラシー(読解力)を学んだ」と書いていたのだ。

私は野次馬だし下世話だし、陰謀論も大好きな人間だ。でも、そこには「半信半疑」を楽しむ余裕がなければならないと思っている。自分の思想や主張を通すために必死になってしまったら、その瞬間、あらゆる言説はイデオロギーのためのストーリー、運動のための方便に硬直化してしまう。
受け手である我々の側に、「大いなるムダ」を楽しめる土壌がなければ、新聞は楽しめない。

米大統領にトランプ氏のような暴論を連発する人物が就任してしまうのも、誰もがフラットに発信できるインターネットの普及ゆえに、必要以上に遠慮した社会を生んでいるからではないか、と著者は指摘する。

でもここまで読み進めて、個人的には読者に「意識の低い大人」を求めるのはまだしも、伝える新聞側が「意識の低い大人」になるのは難しそうだなーと思ってしまう。先ほど引用した「自分の思想や主張を通すために必死」な姿勢が今の新聞には強い気がするのだ。特に「リベラル」とされる側に。そして「反リベラル」な側もそれにつられている。お互い余裕をなくしている。

うがった見方をすれば衆院選が小選挙区制になったことが大きいのかな、とも思う。政権交代が起こりやすいシステムになり「白か黒か」がはっきり出やすい。与党の議席を中途半端に減らす「お灸をすえる」ってことができにくい。まぁ権力が官邸に集中している今の方がわかりやすい利点はある。首相より与党の幹事長の方が偉いなんていうおかしな時代には戻りたくないもの。

閑話休題。そんな時代の変化に新聞は対応できているか。ヒントは著者の新聞に対するスタンスにある気がする。「新聞は日用品ではなくすでに嗜好品だと思っている。コーヒーやタバコと同じ。趣味のカテゴリーだと」。社会の木鐸と気構えることから卒業してもいいのかもしれない。

芸人式新聞の読み方

芸人式新聞の読み方

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プチ鹿島
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君の名は。から始まる話【鑑賞・大英自然史博物館展】

始祖鳥!

過日上京の折、上野の国立科学博物館で2017年6月11日まで開催中の「大英自然史博物館展」に行ってきました。博物館に行くことは滅多にないのだけど、なぜかピンときたんですよね。予習として「乾燥標本収蔵1号室」 (リチャード・フォーティ著)を読んで臨んだくらいの気合の入りよう。

特製ドードーステッカーもゲットしました

予習はやはり効果的でした。始祖鳥化石くらいは知っていたけれど「所有者を次々に不幸に陥れる『呪われたアメジスト』」「違法捕獲したハクチョウの羽毛で作ったドードーの模型」「女性研究者ドロシア・ベイトが見つけたミオトラグスの骨」など実に興味深い。一つの標本から自然の奥深さと人が自然を知ろうとした歴史を感じられるのです。

驚いたのは後の調査でヒトとオランウータンの頭骨を加工した偽物と判明している「ピルトダウン人の頭骨」も展示されていたこと。捨てずに保存していたのか…。教訓の意味もあるんでしょうね。

会場にならぶ美しい昆虫や甲殻類の標本の中にはテレビや動物園で見た生き物もあった。そんな生物は今、生きている様子を映像で見ることができる。それでも標本を集める意味はあるのだろうか。意味はある、と「乾燥標本収蔵1号室」にはある。

分類学と体系学は、ある面ではたしかに切手収集のようなものだ。ただしそれは、利用者が手元にある標本を識別できるよう、目録に明確な識別項目を配列していくという意味においてのみの話である。その目録は、四〇億年におよぶ生命の歴史が生み出したことの総覧でもある。しかもその内容は、地球の健全さをはかる尺度となっている。それでもまだ価値がないというのだろうか。

標本から世界、地球にまで視野を広げることは今までなかった、と反省。世界には名前のついていない生き物もまだたくさんいるのだという。大英自然史博物館には「トカゲマン」「線虫マン」「海藻マン」などの本当に狭い範囲の専門家(失礼!)がいて、まず種を特定し、名をつけ、そこから生態を調べているのだそうだ。そこから人間の生活に役立つ発見があることもある。

一方で大規模な自然史博物館は、ただ自然界のカタログを提供するだけでなく、自然に対する良心をはぐくむ場所ともなるだろう。そこは後世の人々が、「わたしたちは何をしてきたのか?」という問いに対する答えを見出す唯一の場所となるだろうという場でもあったのだ。

振り返るに美術館、映画館などにはよく行くのに博物館にはこれまでほとんど足が向かなかったのは、展示物に変化がない様に思っていたからだった。目新しさがないというか。しかし「乾燥標本収蔵1号室」を読み、大英自然史博物館の実際の標本を見たら、標本の背景も気になってきた。想像力がいつの間にか欠如していたようだ。たまには博物館に行くのも悪くなさそう。企画展もやってるわけだし。

乾燥標本収蔵1号室 ―大英自然史博物館 迷宮への招待
NHK出版 (2012-07-31)
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言葉への向き合い方を考えた話【書評「毎日新聞・校閲グループのミスがなくなるすごい文章術」】

言葉への向き合い方に刺激を受けた本でした。

【内容(「BOOK」データベースより)
分かりやすい「テン」の打ち方、あえて文末を不統一にすることも、人の名前を書き間違えないコツ、「は」と「わ」、正しいのはどっち?俗語の動詞化に気を付ける、漢数字と算用数字の使い分け、何が「ら抜き言葉」なのか?、違和感のない送り仮名、恥ずかしい敬語の間違い、許されない重複表現…などより正確に、より伝わる文が書ける!
【著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
岩佐義樹
毎日新聞社用語委員会用語幹事。1963年、広島県呉市生まれ。早稲田大学第1文学部卒業後、1987年、毎日新聞社に校閲記者として入社(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(アマゾンの著書紹介ページより)

文の構成から文法、言葉の意味まで、日本語表現の変化…というより乱れ、かな…についてまとめた本。著者が新聞社の現役校閲記者だけあって、最終章「固有名詞の誤りはこうして防ぐ」は「新聞社あるある」と思うことしきり。安倍は「あんばい」、安部は「あんぶ」。基本がやはり大事ですね。

辞書って大事なんだなぁ(今更)。

その中でムムッと思わされたのは第4章「文化庁『国語に関する世論調査』の慣用句にみる誤解」。使い方が変化している言葉について、著者が正確な意味を探ろうと複数の国語辞書を引いていること。さらに同じ辞書でも最新版だけでなく古い版も引いて「この意味が加わったのは第●版から」と遡ったり、著作権切れの作品をインターネットで無料公開している「青空文庫」で検索したりして(今の時点で)言葉の正しい意味を探ろうとしていること。

辞書は最新版にこそ意味があって旧版には価値がない…と思い込んでいた。そんなことはないんですね。青空文庫の使い方にも膝を打った。常用漢字表も「送り仮名の参考になる」とやっと分かった。誰かもっと早く教えてくれよー(涙)。

言葉は正しく使いたい、しかし自分の中にあると思っている正しさは気づかないうちに変わっていることもある。このブログは書きとばし気味ですが、新年度を機にもう一回言葉の使い方を見直してみようと思わされた本でした。まずは辞書とハンドブックを引く!ネットには頼らない(笑)!

毎日新聞・校閲グループのミスがなくなるすごい文章術
毎日新聞・校閲グループ 岩佐義樹
ポプラ社 (2017-03-25)
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