非常に自己抑制的な生き方を理想とするよう説く一冊。前回紹介した「ヒルビリー・エレジー」と合わせて考えると、ちょっと理想主義的すぎるのかなぁ。
人間には2種類の美徳がある。「履歴書向きの美徳」と「追悼文向きの美徳」だ。つまり、履歴書に書ける経歴と、葬儀で偲ばれる故人の人柄。生きる上ではどちらも大切だが、私たちはつい、前者ばかりを考えて生きてはいないだろうか?ベストセラー『あなたの人生の科学』で知られる『ニューヨーク・タイムズ』のコラムニストが、アイゼンハワーからモンテーニュまで、さまざまな人生を歩んだ10人の生涯を通じて、現代人が忘れている内的成熟の価値と「生きる意味」を根源から問い直す。『エコノミスト』などのメディアで大きな反響を呼び、ビル・ゲイツら多くの識者が深く共鳴したベストセラー。
《ニューヨーク・タイムズ》のop-ed(署名入り論説)コラムニスト。シカゴ大学卒業。《ウォール・ストリート・ジャーナル》、《ザ・ウィークリー・スタンダード》、《ニューズウィーク》の記者・編集者などをへて、2003年より現職。PBS、NPR、NBCなどのテレビやラジオ・コメンテーターとしても知られ、イェール大学でも教鞭を執る。アメリカ芸術科学アカデミー会員。本書(2015年)は《ニューヨーク・タイムズ》ベストセラーリスト(ノンフィクション部門)で1位を記録し、さまざまなメディアで反響を呼ぶ。ほかの著書に、同じく《ニューヨーク・タイムズ》ベストセラー1位となった『あなたの人生の科学』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)、On Paradise Drive、『アメリカ新上流階級ボボズ』など。
(アマゾンの著書紹介ページより)
紹介されている10人は米大統領アイゼンハワーやルネサンス期の哲学者モンテーニュは日本でも知られているだろうけど、他はローマ時代の哲学者アウグスティヌスとかアメリカの公民権運動活動家や米国初の女性閣僚とか、ピンとこない人が多い。欧米人なら名前を聞いただけですぐわかるんだろうけど、各章を読み進んでも「この人は結局何をした人なのか」が曖昧な印象が残る。
ただ「何をした人か」というのは著者の言う「履歴書向きの美徳」なのだろう。著者が伝えたいのは彼らが何かをなすまでにどれだけ苦労したかと言うこと。堕落した生き方から再生したり愛を求め続けたり常に自分を自制し続けたり。偉大な生き方とはそういうものでしょ?と著者は繰り返し問いかける。
などなど印象的な一節をあげてみました。いいことを書いているとは思う。けど道徳の教科書を読んでいるような窮屈感は最後まで拭えなかった。
前回紹介した「ヒルビリー・エレジー」の著者の半生も、この本で紹介されてもおかしくないような偉大な生き方の物語だった。でもこの本では(社会活動に尽力した人物を紹介した章もあるとはいえ)偉大な人生は個人の努力で得られる、という考え方が基本にある。自己向上という意味の中には独善的に陥らないよう中庸の大切さも説く面や、現在の個人主義は経済的な向上を求めるだけで精神の向上を求めていないと説く面もある。正しい個人主義ではない、と言いたいのでしょうね。
それは決して間違ってはいない。しかしこの本のメッセージが届かない人もいるだろうな、という疑念は残った。「ヒルビリー・エレジー」で描かれたような、向上する生き方を考えることすらできない人もいる、という視点が足りないようにも思う。この本の原著が出版されたのは2015年。米大統領選でトランプ旋風が吹き荒れる前だった。著者は今、今のアメリカをどう見ているのかな。
早川書房
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