言葉への向き合い方を考えた話【書評「毎日新聞・校閲グループのミスがなくなるすごい文章術」】

言葉への向き合い方に刺激を受けた本でした。

【内容(「BOOK」データベースより)
分かりやすい「テン」の打ち方、あえて文末を不統一にすることも、人の名前を書き間違えないコツ、「は」と「わ」、正しいのはどっち?俗語の動詞化に気を付ける、漢数字と算用数字の使い分け、何が「ら抜き言葉」なのか?、違和感のない送り仮名、恥ずかしい敬語の間違い、許されない重複表現…などより正確に、より伝わる文が書ける!
【著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
岩佐義樹
毎日新聞社用語委員会用語幹事。1963年、広島県呉市生まれ。早稲田大学第1文学部卒業後、1987年、毎日新聞社に校閲記者として入社(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(アマゾンの著書紹介ページより)

文の構成から文法、言葉の意味まで、日本語表現の変化…というより乱れ、かな…についてまとめた本。著者が新聞社の現役校閲記者だけあって、最終章「固有名詞の誤りはこうして防ぐ」は「新聞社あるある」と思うことしきり。安倍は「あんばい」、安部は「あんぶ」。基本がやはり大事ですね。

辞書って大事なんだなぁ(今更)。

その中でムムッと思わされたのは第4章「文化庁『国語に関する世論調査』の慣用句にみる誤解」。使い方が変化している言葉について、著者が正確な意味を探ろうと複数の国語辞書を引いていること。さらに同じ辞書でも最新版だけでなく古い版も引いて「この意味が加わったのは第●版から」と遡ったり、著作権切れの作品をインターネットで無料公開している「青空文庫」で検索したりして(今の時点で)言葉の正しい意味を探ろうとしていること。

辞書は最新版にこそ意味があって旧版には価値がない…と思い込んでいた。そんなことはないんですね。青空文庫の使い方にも膝を打った。常用漢字表も「送り仮名の参考になる」とやっと分かった。誰かもっと早く教えてくれよー(涙)。

言葉は正しく使いたい、しかし自分の中にあると思っている正しさは気づかないうちに変わっていることもある。このブログは書きとばし気味ですが、新年度を機にもう一回言葉の使い方を見直してみようと思わされた本でした。まずは辞書とハンドブックを引く!ネットには頼らない(笑)!

毎日新聞・校閲グループのミスがなくなるすごい文章術
毎日新聞・校閲グループ 岩佐義樹
ポプラ社 (2017-03-25)
売り上げランキング: 1,036

同じ時間を生きる話【鑑賞「パッセンジャー」】

気軽に見て楽しむスペース・オペラでした。

【作品紹介】
90年早く目覚めた2人の壮絶な運命−。映画史に残るスペース・スペクタクル・ロマン。
宇宙で何が起きたのか?
今、世界中の注目を集める話題の2人–ジェニファー・ローレンスxクリス・プラット。
オーロラを演じるのは若手実力派でオスカー女優でもあるジェニファー・ローレンス、ジム役には「ジュラシック・ワールド」他メガヒットを連発するクリス・プラット。「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」でアカデミー賞ノミネートの俊英モルテン・ティルドゥム監督がハリウッドを代表する今最も旬な2大キャストを迎えて、「タイタニック」以来とも言える世紀のスペクタクル・ロマンに挑む。
【ストーリー】
20XX年−。新たなる居住地を目指し、5000人を乗せた豪華宇宙船、アヴァロン号が地球を後にした。目的地の惑星到着まで120年間、冬眠装置で眠る乗客の中でなぜか2人の男女だけが目覚めてしまった。90年も早く−。エンジニアのジムと作家のオーロラは絶望的状況の中でお互いを求め合い、愛し合い、なんとか生きる術を見つけようとするが、予期せぬ出来事が2人の運命を狂わせていく−。

公式ホームページより)

宇宙や宇宙船しか出てこないので見た目こそSFなのだけど、話を追っていて「ロビンソンクルーソー」とか、映画ならトム・ハンクス主演「キャスト・アウェイ」とかを思い出しました。重力装置が故障して急に無重力になるアクシデントの場面はちょっと面白かったかな。プールで泳いでちゃいけませんねー。そういえば「キャスト・アウェイ」のトム・ハンクスも孤独に苦しんでいたなぁ。

ジェニファー・ローレンスは力む時の表情が魅力的でした。

ジムとオーロラが目覚める理由は実は違うのが中盤までポイントになってはいるけれど、まぁ予告編を見て予想される展開通りに話は進んでいきます。つまり本筋は変わらない。危機を乗り越えて2人の間の問題も解決される。その解決されるための(物語上の)工夫が今ひとつだったのが今作が物足りないところ。今起こっている危機がどんなものか、ジムとオーロラはどうあるべきか、わかりやすく提示されすぎなんですね。もちろんこの「工夫」のお陰で先に目覚めたジムの身に何が起こったかオーロラが理解する利点もあるのだけど。

「キャスト・アウェイ」のような「孤島もの」の流れをくむ今作において、2人は今いる場所から絶対に脱出できず、ただただ生きていくだけなのがツラいところ。物語上のクライマックスはエピローグ、ジムがオーロラにある提案をする場面でした。オーロラは予想通りの答えを出すのだけど、そこでもし、反対の答えを出していたら…という思いは鑑賞後も残っております。それはそれでロマンチックなエンディングではなかったかと。でもそれはジム(男側)から見たロマンチックさなのであって、オーロラ(女側)からはそう思えないかもしれませんが。

先述したホームページの作品紹介が「タイタニック」を引き合いに挙げていたのも、そう考えるとあながち的を外してはいないかも。本来の目的を達せられなくても、愛し合う2人は同じ時間を生きるべきか。生死がかかった史実とSFでは同一に語れない面もあります。しかし、無機質な宇宙船内部を延々見せられてきたこの話を締めくくるラストショットには時間の長さを感じました。SFならではの面白さだったかもしれません。

染み込んだ味を堪能した話【鑑賞「しゃぼん玉」】

作中に登場する郷土料理のように、見た目は地味でも味が染み込んでいる、そんな映画でした。

【作品紹介】
原作は直木賞作家・乃南アサのベストセラー小説『しゃぼん玉』(新潮文庫刊)。TVシリーズ「相棒」で監督を務めてきた東伸児の劇場初監督作品となる。 映画の舞台となったのは宮崎県椎葉村(しいばそん)。 宮崎県北部の絶景や素晴らしい原風景、恵まれた自然の素材を活かした郷土料理も映画に彩りを添えている。
【ストーリー】
親の愛情を知らずに育ち、女性や老人だけを狙った通り魔や強盗傷害を繰り返してきた伊豆見。人を刺し、逃亡途中に迷い込んだ宮崎県の山深い椎葉村で怪我をした老婆スマを助けたことがきっかけで、彼女の家に寝泊まりするようになった。初めは金を盗んで逃げるつもりだったが、伊豆見をスマの孫だと勘違いした村の人々に世話を焼かれ、山仕事や祭りの準備を手伝わされるうちに、伊豆見の荒んだ心に少しづつ変化が訪れた。そして10年ぶりに村に帰ってきた美知との出会いから、自分が犯した罪を自覚し始める。「今まで諦めていた人生をやり直したい」−決意を秘めた伊豆見は、どこへ向かうのか…。

公式ホームページより)

上述のストーリー紹介で話の9割9分くらいまで語ってしまっていて、なおかつこの先ドンデン返しも起きません。シンプルな話といえば、その通りな訳です。しかしエピローグで秦基博の歌「アイ」が流れると場内は涙、涙でしたよ。

舞台が山奥の村なので「聖地巡礼」は難しいかもw

シンプルな話をシンプルに伝えるのは実は難しい。シンプルに伝えるのと分かりやすく伝えるのは時に矛盾することもある。過剰な描写になって観客がしらけることもある。その点、今作はムムッと思うくらい省略されていると感じました。

椎葉の料理に伊豆見が「うめぇ」しか言わないのは予想できるのですが、山並みを眺めながら彼が言う言葉のシンプルさが印象に残りました。あえてここでは書きませんが、同じ言葉を言う場面が(作中確か)2回あります。「この村はいい所だ」とは言ってないが村に魅力を感じていることを感じさせるセリフなのです。

山仕事のしんどさについて美知に面白おかしくぼやいてみせる様もそう。辛い辛いと言いながら山仕事に魅力を感じているのが伝わるんですね。伊豆見が自分の罪に向き合った時、自身に起こったことのエグさも忘れがたい。全般に観客へ過剰に説明せず、理解を促す控えめの描写になっているのが好印象でした。

舞台になった椎葉村の良さをことさらに言うセリフはなく、伊豆見の正体がスマ以外の村人や美知にバレる場面もない。みんな「イズミ」が(苗字でなく)名前だと思っているのは設定上の一工夫ですね。苗字が「斎藤」「田中」とかだったらこの話はすぐ終わっちゃうw。伊豆見がスマに自分の過去を話すクライマックスで、自分の本当の名前を明らかにするだけでグッと印象に残るのが実にうまい。

スマの「坊はいい子」というセリフも心に残るし、伊豆見に山仕事を教え、伊豆見の最後の行動に付き合うシゲ爺も忘れがたい。全てが終わった時、伊豆見の目に飛び込んでくる彼の後姿が泣けるんです。舞台になった宮崎県ではすべての映画館で上映されておりますが、全国ではまだまだ上映スクリーン数は少ない…。お近くの劇場でかかったらぜひ。丁寧に作られたいい映画でした。

厄介な私たちの話【鑑賞「ラ・ラ・ランド」】

最初は若干、斜に構えて臨んだのですが、いやぁ最後は切なくてよかったねぇ…

【作品紹介】
伝説の第2章が、胸が高鳴る華やかな音楽と共に幕を開けた! アカデミー賞を含む50を超える賞を受賞し、日本でも「かつてない衝撃」と劇的なブームを巻き起こした『セッション』から2年、全世界熱望のデイミアン・チャゼル監督の最新作が遂に完成した。 映画と恋におちた若き天才が新たに創り出したのは、歌・音楽・ダンス・物語─すべてがオリジナルにして圧巻のミュージカル映画。この鮮やかでどこか懐かしい映像世界で、一度聞いたら耳から離れないメロディアスな楽曲に乗せて繰り広げられるのは、リアルで切ない現代のロマンス─。
【ストーリー】
夢を叶えたい人々が集まる街、ロサンゼルス。映画スタジオのカフェで働くミアは女優を目指していたが、何度オーディションを受けても落ちてばかり。ある日、ミアは場末の店で、あるピアニストの演奏に魅せられる。彼の名はセブ(セバスチャン)、いつか自分の店を持ち、大好きなジャズを思う存分演奏したいと願っていた。やがて二人は恋におち、互いの夢を応援し合う。しかし、セブが店の資金作りのために入ったバンドが成功したことから、二人の心はすれ違いはじめる…。

公式サイトより)

冒頭、ハイウェイでの群舞シーンは今作の見せ場の一つ、なんでしょうが、実は「ふーん、よく撮れてるねー」程度の印象しか持てなかった。デイミアン・チャゼル監督の前作「セッション」の記憶に引きずられてた気がします。「あんなキツい話を撮った監督がこんなきらびやかそうな映画をバカ正直に撮るはずがない」と。前情報として、本当は今作を先に撮りたかったのだけど予算がつかず、前作を先に撮った−つまり、本当に監督が撮りたかったのは今作の方−とは聞いていたのだけど。

でも話が進み、歌が増えるにつれ、ミュージカル本来の楽しさが伝わってきて、作品世界に集中していきました。ファーストカットがデカデカとした「CINEMASCOPE(シネマスコープ)」ロゴだったり、重要な舞台がハリウッドの撮影所内部だったりと今作は昔のミュージカル映画をかなり意識した雰囲気。「雨に唄えば」もこんな雰囲気だったなぁと思っていました。

サントラ欲しくなっちゃった…

ところでミュージカル映画における歌や踊りは登場人物のその時の感情を表すことが多いので、話の流れはそこで止まってしまう。結果、ストーリーが単純になる欠点があるように思うのです。その点今作はセブがピアニストという設定。作中には生演奏の場面も多い。突然歌い出す、ばかりでなく変化もつくし、生演奏の場面では話の流れは止まらない。セブが入ったバンド(リーダーに見覚えがあると思ったらジョン・レジェンドだった…!)のライブをミアが見て愕然とする場面とかそうでしたね。現代風に構成されていた部分かと思いました。中盤の天文台の中でのダンスシーンはちょっと過剰かなぁと思ったけれど。

何より今作はクライマックスが素晴らしかった。一度心が折れたミアが再び受けるオーディションから始まる歌から最後のダンスシーンまで、一気に持っていかれます。曲名も「オーディション」というこの歌、詞が泣けますね。そして最後のダンスシーン。様々な場面をつなげていくのだけど、セブとミアが手に入れられなかったものへの思いを表現していて非常に印象的でした。

夢を叶えたのに手に入れられなかったものにも気づかされる切なさ、苦さ。あの時もう一方の道を選んでいたら…という選択の問題とも違う、いま幸せだからこそつい振り返ってしまう過去への甘い思い。普遍的な切なさを描写した名シーンでした。

ハッピーエンドの裏にある切なさを噛み締めて見終わると、冒頭の明るくハッピーな歌「ANOTHER DAY OF SUN」も切なく聞こえ、グッときてしまうのでした。やられたなぁ。先述した「オーディション」で歌うように、私たちは厄介な存在なのです。どうか乾杯を。