変化の努力は続いている話【書評「ヒットの崩壊」】

現在の日本の音楽業界を俯瞰できる一冊。新たな気づきもあり、読みがいある本でした。

【内容紹介】
激変する音楽業界、「国民的ヒット曲」はもう生まれないのか? 小室哲哉はどのように「ヒット」を生み出してきたのか? なぜ「超大型音楽番組」が急増したのか? 「スポティファイ」日本上陸は何を変えるのか? 「ヒット」という得体の知れない現象から、エンタメとカルチャー「激動の時代」の一大潮流を解き明かす。テレビが変わる、ライブが変わる、ビジネスが変わる。業界を一変させた新しい「ヒットの方程式」とは──。
【著者について】
柴那典 1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、ウェブ、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は「AERA」「ナタリー」「CINRA.NET」「MUSICA」「リアルサウンド」「ミュージック・マガジン」「婦人公論」など。「cakes」と「フジテレビオンデマンド」にてダイノジ・大谷ノブ彦との対談「心のベストテン」連載中。著書に『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)がある。 ブログ「日々の音色とことば」 http://shiba710.hateblo.jp/ Twitter: @shiba710

(アマゾンの著書紹介ページより)

最近の音楽業界が楽曲販売よりライブによる収益で成り立っている、というのは何かで読んだ。楽曲販売に携わるレコード会社の方々は大変だろうけど演者の皆さんは儲けられているからまぁ頑張ってください、ワタクシも行きたいライブには行くようにしてますんで…。くらいの印象だった。

ヒットは崩壊しても音楽業界は続いていくのです。

でもですね、この本の中で、いきものがかり(放牧中)の水野良樹が言っている「ヒット曲が少ないとは、音楽が社会に与える影響が弱くなったということ」という指摘は重い。

「歌は世につれ世は歌につれ」というけれど、著者はオリコン、ビルボード、カラオケのランキングチャートを概観して、各チャート上位の曲にズレがあること─話題になっている曲が見えにくくなっている─とする。

著者はその理由をCDにオマケをつける「AKB商法」や音楽配信サービスに楽曲を提供しないレーベル側に見ているが、個人的にはリスナーの好みの多様化もあると思う。子供の頃、若い頃に聞いていたアーティスト、音楽ジャンルをずっと聞き続けても今はヘンに思われなくなったと思うのだ。つまりタコツボ化、でしょうか。

でもそうなると、最近テレビで増えてきた長時間の歌番組を著者が「テレビの中の音楽フェス」と指摘するのは慧眼。自分が聞きがちな曲以外にも触れる機会になりうるんですね。

著者はそこから日本のポップ・ミュージック「J-POP」自体が独自の進化を遂げ世界の注目を集めつつあること、一方でアメリカでは定額制音楽配信サービスからヒット曲が生まれる状況、世界的に売れるアーティストの出現などを紹介。「不特定多数のマスを相手にヒットを狙うのではなく、アーティストが自らの個性を発揮し、それに共鳴するファンやリスナーの輪を着実に広げていく」環境づくりが大切としている。著者曰く「ミドルボディ」…中間層、ということですね。

以前読んだ「初音ミクはなぜ世界を変えたのか?」同様、今回も著名アーティストや業界内の関係者が実名で登場し、意見を述べている。噂話や勝手な思い込みで論を進めない、誠実な著者の姿勢は今回も好印象。結論が穏当なものになっているのも必然でしょうね。

ただ、音楽は聞き手がいて成立するもの。リスナー側から見た音楽像の変化ももう少し知りたかった。不特定多数が対象になるので難しいかもしれないが、ヒットチャート以外にも見えるリスナー像って何かなかったかな、と。自分も現状思いつきませんが(苦笑)。読み手側がどんなふうに日頃音楽を楽しんでいるかで、読後の印象も変わるのかもしれません。

舶来文化へのコンプレックスから始まった日本のポップ・ミュージック業界は次のステージに向かいつつあるようだ。アーティストの活動期間も長くなり、ジャンルも増えてきた。個人的には「アーティストが自らの個性を発揮し、それに共鳴するファンやリスナーの輪」が広がるだけでなく、重なりあえばもっと良くなるんだろうな、と考える。先述したけど音楽がタコツボ化した分、他のアーティストやジャンルの楽曲も今は聞けるものが膨大になっているので、聞いてみようと思っても敷居が高いように思う。

リスナー一人一人が「たまには他のものも聴いてみようかな」という好奇心、流行への関心をちょっと持つだけで日本の音楽業界は良くなっていく気がします。業界側はそこを押す仕組みが問われているのでしょう。いろいろ努力はされている様子。まずは長時間音楽番組を気にしてみようかな。

ヒットの崩壊 (講談社現代新書)
柴 那典
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