2015年私的ベスト3

2015年ももう終わりますねー。自分が読んだり見たり行ったりしたことを綴ってきたこのブログ、週1回更新もなんとか2年続けることができました。

今年最後の更新になる今回は「本」「映画」「イベント」の3分野で特に印象に残った3点ずつを選んで2015年を振り返りたいと思います。

【本Best3】

朱に交われば赤くなる話【書評・年収は「住むところ」で決まる】

エンリコ・モレッティ著「年収は『住むところ』で決まる(プレジデント社)」は産業振興と地域社会の関連を考察した一冊。日本では繋げて考察されにくい分野の関連性を捉えた興味深い本でした。

世界の分岐点は今だった話【書評「イスラーム国の衝撃」】

池内恵「イスラーム国の衝撃(文春新書)」は今年初頭に日本人2人を殺害、フランスでは2度にわたって大規模テロを起こしたイスラム国を分析した一冊。イスラム国は2016年も国際問題の中心になっていくでしょう。冷静にアラブ社会を評した本でした。

心地よく分析された話【書評「なぜ、この人と話をすると楽になるのか」】

吉田尚記著「なぜ、この人と話をすると楽になるのか(太田出版)」はニッポン放送アナウンサーによるコミュニケーション論。コミュニケーションについて目からウロコが落ちるような指摘を連発する一冊でした。「コミュニケーションは成立することが目的の強制スタートゲーム」は特に覚えておくといいんじゃないでしょうか。

【映画Best3】

過去は肯定するがましという話【鑑賞・バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)】

自分が思う「映画っぽい映画」だった作品。ハッピーエンドかどうかは微妙だけど、現実と付かず離れずの奇妙な世界が心地よかったのです。

人は丁寧に生きていく話【鑑賞「海街diary」】

登場する人物の暮らしぶりを丁寧に描いた作品。しかし「丁寧」は決して「地味」ではなく、むしろハッとするほど美しい…ということを映像で語った作品でした。

激烈!単純!しかし細心な話【鑑賞「マッドマックス 怒りのデス・ロード」】

ヒャッハー!砂漠を行って帰るだけの話がここまで美しく過激に描かれるとは思わなんだ!荒廃した世界を舞台に支配する者される者、そして抗う者の姿がうまく描かれたアクション映画のエポックメーキングな一本でした。

【イベントBest3】

イラストレーターとして生きる話【鑑賞「生賴範義展2」】

2014年に開かれた「生賴範義展」の第2弾。ゴジラやスター・ウォーズなど著名作が目立った第1弾に比べると展示作品は地味だったかもしれないが、生原画の迫力は全く変わらず。むしろ「こんなものまで描いていたのか」とイラストレーターとして働く意味を考えさせた展覧会でした。

創作とは前進だった話【鑑賞・日岡兼三展】

2015年の高鍋美術館は攻めていたと思います。漫画家東村アキコ氏の師でもあった日岡兼三氏の回顧展は、様々な製作手法に取り組んでいた日岡氏の前進っぷりが印象に残りました。前に進む、とはこういうことなのだな。

君臨する王を迎えた話【鑑賞・Rhymester “King of Stage Vol.12″】

ライブにもいろいろ行ったんですが、今年一番はこれかな。CDやDVDで見聞きするとは大違い。鹿児島の小さなライブハウスでヒップホップの楽しさを存分に味わいました。今度は宮崎にも来てくれー。

…最近見たものは2016年に報告するとして(あのシリーズ第7弾とかね!)、自分で印象に残っているのは、現実と理想の折り合いのつけ方、理想の追い求め方などについて考えさせられた(…というか、自分がそういうふうに解釈したw)ものでした。2016年もいろいろと見て読んで行って、自分の栄養にしていきたいものです。

前向きな力を取り戻す話【書評「NEXT WORLD 未来を生きるためのハンドブック」】

2015年初頭に放送されたNHKスペシャル「NEXT WORLD」を書籍化。未来予測、バイオテクノロジー、仮想現実、宇宙開発などをテーマに科学の力で人間の可能性を探ったシリーズでした。

心の準備はいいですか…?
心の準備はいいですか…?

遺伝子改変や極小機械「ナノマシン」を体内に入れての病気治療、人間の行動を代行する遠隔操作ロボット、犯罪発生を予測したりヒット曲を作り出せる人工知能、これまでとは全く違う原理で動き従来の処理能力を遙かに超えるとされる量子コンピューター…など、ここで取り上げられるひとつひとつの内容はかなり突飛なもの。どれか一つでも実現するとそれだけで社会ががらっと変わってしまうだろう。

こういったテクノロジーの進歩を比較的前向きに紹介していたのがこのシリーズの特徴で、書籍自体もその流れに乗って構成されている。

先述の様々な最先端の研究に携わっている人たちは、基本、未来を明るくとらえている。

ハーバード大学医学大学院で長寿や若返りの研究に取り組むデイビッド・シンクレア教授は「未来は私たち自身の手で生み出すことができる。きっと明るくてすばらしい未来が待っている」と言う。

地球への帰還までは保証されない火星移住計画を考案したオランダ人起業家バズ・ランスドルプ氏は「世界にはフロンティアを発見し、開拓し、定住したいと思う人々はいる」と言う。選考から漏れたものの、このプロジェクトに応募した日本人女性研究者・小野綾子さんは「人間が行ける限界の地で、自分にできる限りのことをする。それがかなえば本望」と話す。

この本のあと書きは番組プロデューサーが書いている。それによると、作り手としては「テクノロジーの進化で不安が膨らんだり想定しないことが起こるかもしれないし、大切にしてきたことも捨てないといけないかもしれないが、前に進むしか未来や幸福はないのではないか」という思いがあったのだという。その上でどんな未来を選択するか、その材料を提供したかったのだとも。

「人類は常に次のフロンティアを求めて前に進もうとします。思うように前に進むことができないとき、人類は不満を抱きます。それは悪いことではありません。だからこそ人は創造的であろうとし、さらに次のフロンティアを生み出すのです」(未来学者レイ・カーツワイル)

「頭の中では、おそらく答えは見つからない。とにかくさまざまなアプローチを試して、実際に手を動かした結果、面白いことが分かった。その連続です。理論から出発するのではなく、見えてきた部分を理論に還元していくというアプローチがあってもいいと思います。とにかく突き進んでみることが“その先の未来”への近道と言えるでしょう」(拡張現実をテーマに研究する慶応大学准教授・筧康明博士)

日本はバブル経済崩壊以降「失われた20年」と言われ、リーマンショック以降は「もう経済成長はない」とも言われ、悲観的ムードが残っているように感じている。

ちょうど最近完結したTVドラマ「下町ロケット」のことも考えた。中小企業を舞台にものづくりの意義を問う話だったけど、このシリーズでの目標はロケットにしろ人工心臓にしろ、意義があらかた確定している物だった。しかし今の日本の課題は「いいものを作れば良い」から一歩進み、何がいい物かを定義していく必要があるのではないか。その点が「下町ロケット」は物足りなかった。

人間には本来、蛮勇ともいえる力があるはずではないのか。日本はそんな力を発揮するべきときが来ているのではないか。先が見えない?先が見えた時代なんか今までなかったろうし、見えた方がつまんないよ。先が見えないからこそワクワクするんじゃないの?…と、もう一度前向きな力を取り戻したくなるような、そんな本でした。

NEXT WORLD 未来を生きるためのハンドブック
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心地よく分析された話【書評「なぜ、この人と話をすると楽になるのか」】

この表紙イラストの意味はよくわからなかったけど…
この表紙イラストの意味はよくわからなかったけど…

ニッポン放送アナウンサー、吉田尚記氏による「コミュニケーション論」。非常に分かりやすく、具体的に、他人とスムーズな会話ができる技術を紹介している。

まず「コミュニケーション」の定義が明快だ。この本で著者が定義する「コミュニケーション」とは「成立すること自体が目的のゲーム」。ゲームであるがゆえにルールもある。そのルールとは

①敵味方に分かれた「対戦型」でなく、参加者全員による「協力型」
②ゲームの敵は「気まずさ」
③ゲームは「強制スタート」
④ゲームの「勝利条件」はコミュニケーションをとったあとに元気が出るかどうか

の4つ。そして「勝利」の確率を上げるためには「人にしゃべらせる」ことと説く。

コミュニケーション・ゲームでは、言葉は自分のものではなく、相手のためにあるものです。

相手の言い分に乗ってみることが悔しいという人がいたら、それはまだコミュニケーションを対戦型のゲームだと思ってるからです。

協力プレーを旨とする会話においては、自分の意見なんて要らない

人は、自分より優位に立っている人間に対してあまりものを言いたくなりません

…といった具合に的を射た分析がビシビシ連発され実に気持ちがいいw。

さらにこの後、「人にしゃべらせる方法を考えたときに、先入観は持っていたほうがいい。もっと言えば、先入観はむしろ間違ってるほうがいいかもしれないくらい」とも著者は畳み掛ける。なぜか?

さらに、タモリがトークでよく言っていたという「髪切った?」が「神の一手」と呼ぶにふさわしい優れた質問なのはなぜか?

さらにさらに「空気を読む」とは具体的にどういうことか?さらにさらにさらに(クドイな)、自分のキャラクター(特徴)を見つけるうえでいちばん重要なのは?

そして論の核心でもある「コミュニケーションをとっていて楽になる人」とはどんな人か?

著者自身「人から『つまらない』と言われるのが怖い。人と会うことが非常に苦手」だったそう。彼自身が傷ついて、悩み抜いて出した分析は最後まで納得させられる。

この本はネット中継で著者が喋った内容を書籍化したらしく、本文中にはネット中継の合間合間に入った視聴者からのツッコミも混じる。しかしそれが読みにくさに繋がらず、テーマの増幅、転換など効果的に使われている。そんな文体も侮れない一冊。時々読み直したくなること間違いなしな本でした。

なぜ、この人と話をすると楽になるのか
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対立に怯んではいけない話【感想「日本人が知らない集団的自衛権」】

今夏成立した平和安全法制には日本がこれまで禁じていた集団的自衛権の行使が含まれている。現在でも法案に反対する運動が続いている中、集団的自衛権について理解しておきたいと思い読んでみた。

冷静な視点を持ちたいものです。
冷静な視点を持ちたいものです。

この本が書かれたのは法案成立前。法制の具体的な評価はないものの、著者は基本的に集団的自衛権の行使を容認する立場にたっている。一問一答形式なのでどこからでも読めるのも、読み返すのに便利かもしれない。

著者が集団的自衛権の行使を容認する理由としては

・個別的自衛権……自国の安全を自国の軍事力によって守る権利
・集団的自衛権……自国の安全を同盟国などの軍事力を使って守る権利
であることです。
どちらも「自衛のための権利」であって、他国を守ることが優先されているわけではありません。

第二次大戦後から今日まで欧米をはじめとする主要国が行使を続けている集団的自衛権は、戦争をするための権利ではなく、「戦争を回避するための権利」なのです。「万が一、攻撃をしかけてきたら全員で仕返しするぞ」と宣言し、そのための軍隊を維持することによって「戦争が起きないよう抑止するための権利」、といってもよいでしょう。

などがある。また憲法との関連については、憲法の読み方として前文について「憲法に関する総論を述べた部分で、日本が何を目指すかを謳っている」と考える海外の研究者の見方を示す。

それによると海外の研究者たちは前文「日本国民は、…(略)平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」について、日本が「国連を中心とする安全保障体制の中で生きる」意味になり、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」は日本が「戦争のない世界を創るために全力を挙げて行動する」と宣言している、と読み解き、9条は侵略戦争だけを禁止する規定、と解釈するのだそうだ。

その上で著者は

 自衛隊を世界の平和を実現するための国際共同行動に参加させることは、憲法第9条と矛盾しないどころか、憲法前文の精神からは積極的におこなうべきとすら読むことができる、と私は考えています。

と結論づける。

アメリカとの関係についても提言している。日本はアメリカにとって

 「地球の半分」の範囲で行動する米軍を支えることができるのは、アメリカの同盟国のなかでも日本だけです。経済力の規模から考えても韓国や台湾、シンガポールでは米軍を支えきれませんし、日本のような工業力、技術力、資金力の三拍子が備わっている国はないのです。

忘れてはならないのは、アメリカの「戦略的根拠地」である日本列島を、日本の国防と重ねる形で守っているのは自衛隊だという現実です。防空任務ひとつとっても、アメリカの戦闘機は要撃の任務には就いておらず、それは日本の航空自衛隊が行うという役割分担の関係なのです。

という認識に立って

 アメリカが在日米軍基地を使って軍事力を行使しようとするときも、日本が掲げる平和主義や国連中心主義に合致する場合には容認するが、日本の原理原則と矛盾する場合には在日米軍基地の使用を拒絶するということになれば、中国や北朝鮮にしても「アメリカが耳を貸す同盟国」として日本との関係改善に努めることになり、それが地域の安定につながるのではないかと思います。

と、日本に単純な親米・反米に陥らない「独自の道」があると述べる。他国と米国の交渉から「国益をかけて自らの主張を貫き、アメリカと一時的に対立したとしても、むしろそのことが評価の対象になる」「対立を避けようと先方の期待を忖度して黙ってカネを出すような態度では軽んじられてしまう」と国際政治の世界の在り様も教えてくれる。

項目ごとの解説なので結論めいたものは明確ではないが、個人的には、アメリカ相手にしろ、国内相手にしろ、対立を恐れすぎてはいけないと著者は考えているように読み取れた。改憲論議についても

 憲法は改正することが必要だ、と私は考えています。改正すれば、右に左に揺れるかもしれません。世論の動向で憲法の中身も振れるでしょう。しかし、改正を重ねていくうちに、左右の振れ幅が小さくなり、次第に安定していくと思います。

と、議論を経て国の方向性=戦略的思考が定まることに期待しているようなのだ(日本における戦略的思考の不足については、いろいろな箇所で指摘していた)。議論を重ね実行と検証を繰り返し前進すること。民主主義の基本のステップを日本人はもっと踏むべきなのかもしれない。

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