キャラを使い分ける話【鑑賞・NHKリオオリンピック】

日本勢の活躍が目ざましかったリオデジャネイロオリンピックも終わりました。決勝が日本時間早朝だった格闘技系は難しかったけど、卓球、バドミントン、競泳、陸上などはリアルタイムで視聴しました。「もうあかん」と思ったところからの大逆転だったバド女子ダブルス決勝、第4走者で「あれ?2位じゃね?」と気づいたらそのままゴールして見事銀メダルを獲得した陸上男子400メートルリレーなどは忘れられません。閉会式の「トーキョーショー」も「オレたちが見たい/行きたい東京」感がたっぷりでした。

そんな名場面の動画およそ400本をNHKがホームページとYouTubeチャンネルで公開しています。YouTubeならAppleTVを使ってテレビでも見られるので便利であります。

そのリストを見て印象に残ったのが各動画のタイトル。大会後にアップされた動画は「金メダリスト14人の言葉 日本選手団帰国会見より」などと当たり障りのないタイトルですが、大会開催中にアップされた動画のタイトルは妙にテンションが高い。

外国人選手の紹介でもその勢いは変わらず

一番思い入れを感じたのはこのタイトルでしょうか

NHKは地上波の総集編ではブラジルのスラム街「ファベーラ」出身の柔道選手が金メダルを獲得したことなど日本選手以外も紹介して、悪く言うと「優等生的」まとめ方(毎回なんだけど)。それに比べ、ネットでのこのミーハー的な熱量の高さはなんなのか、考えると興味深い。

大げさな表現かもしれんが、メディアに応じて「キャラの使い分け」ができてるってことだろうか。NHKのTwitter公式アカウントが「ユルくて親しみやすい」と一時話題になったけれど、それに通じるものを感じます。

ハード面では4Kハイビジョンなど最新の放送技術を開発する一方で、ソフト面とも言える各メディア上での振る舞い方も考えているようなNHK。どうやったら視聴者に届くか考えているんだろうな。民放以上にきめ細やかでチャレンジングなのかもしれません。まもなく始まるパラリンピックもどう伝えるのか、気になってきました。

扉を開けて終わった話【鑑賞「X-MEN:アポカリプス」】

「最後の敵は、神。」という惹句の今作、でも最後の敵は真の敵ではなかったみたい。

〈作品紹介〉
2000年に公開されたシリーズ第1作「X-メン」以来、これまでの5作が世界的に驚異のヒットを記録。「アメコミヒーロー映画」の原点として人気が衰えない「X-MENシリーズ」が、ここに一つのクライマックスを迎える!

〈ストーリー〉
紀元前3600年。エジプトのピラミッドで、「アポカリプス」として君臨する、人類史上初のミュータント、エン・サバ・ヌールが、新たなミュータントの肉体へ転移しようとしていた。しかし、反乱が起こりピラミッドは崩壊。アポカリプスは瓦礫の下で永い眠りにつくー。

1983年。アポカリプスは目を覚まし、核兵器まで製造し堕落した人類に怒りを募らせる。マグニートーら4人のミュータント“黙示録の四騎士”を集めたアポカリプスは、強力なパワーで各国から核兵器を葬り、世界を滅ぼし再構築し始める。不穏な動きを察知したプロフェッサーXも、その能力を狙ったアポカリプスに捕らわれてしまう。最古最強の“神”アポカリプスを止める為には、X-MEN全員の力を集結させなければならない。ミスティークを中心に若いミュータントたちは、かつてない戦いに挑むことになった。

公式サイトより)

「X-メン」(2000年)「X-MEN2」(2003年)「X-MEN:ファイナル・ディシジョン」(2006年)の旧3部作は劇場で見たんです。ただこのシリーズ、その後がずいぶん開きました。2010年に旧3部作の前日譚となる新作「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」、2014年に「X-MEN:フューチャー&パスト」が公開されていたんですが未見でした。今作「アポカリプス」公開前に慌ててチェックしたところです。

新旧をつなぎ、違うところを目指す意欲作でした
新旧をつなぎ、違うところを目指す意欲作でした

この新シリーズ、旧3部作の前日譚のようでありながら旧3部作の悪役ミュータントの設定を微妙に変え、「アメリカの歴史の影にミュータントたちがいたら…?」という「What If」モノにもなっているのが興味深いところ。しかも前作「フューチャー&パスト」で旧3部作のキャストも登場させて旧3部作の話をなかったことにする「歴史改変」を実にスムーズな形で成し遂げてしまいました。

マーベル映画が過去の作品から積み上げて積み上げて一つの世界を作っているのとはまた違う、アクロバティックなシリーズ構成になったわけです。

そうなると前作「フューチャー&パスト」でこのシリーズは一区切りした感も。新3部作完結編と謳う今作で何を描くのかと思っていましたが、第1作「X-メン」に寄せ、しかし明らかにこの先は違う展開になることを匂わせる興味深い1本でした。

正直なところ、今作の敵「アポカリプス」は能力はすごいんだけどキャラクターとしての魅力は今ひとつ。最終的に成し遂げたのはプロフェッサーXを禿頭にしたくらいw。むしろ旧3部作の主要キャラクターがいよいよ登場してきたのが楽しかった。

新旧シリーズとも、生まれながら特殊能力を持った人間「ミュータント」を、その特殊能力の映画的面白さは見せつつ、キャラクターとしては差別を受ける者としての苦悩を描くのは同じ。旧3部作は人間社会とどう向き合うかをめぐりミュータント同士が戦うのが基本的な流れでしたが、新3部作の完結編である今作では真の敵を暗示して終わりました。高揚感と続きが見たくなるところでスパッと終わるクライマックスは、連続活劇の面白さを凝縮してましたね。

今作の先をエンターテイメントとして成立させるのは相当難しいでしょうが、そこへ挑む扉を開けただけでもスゴイこと。じっくり次の機会を待ちたいと思います。ハリウッドはエンタメでも攻めてるよなぁ。

芯はどこに?な話【鑑賞「シン・ゴジラ」】

公開以降リピーター続出、ネットで絶賛の声が止まない作品。んー、でも、そんなに良かったかなぁ。

キャッチコピー「現実(ニッポン)対 虚構(ゴジラ)」というこの作品、序盤から中盤までは悪くないんです。今の日本に怪獣が出現したら…というシミュレーションはバッチリ。

しかし中盤以降、人間達のすることが序盤から全く変わっていないのに不満が出てくる。大概の人たちがノートパソコンに張り付いて何やらカチャカチャやって文書を作っている。どこかに電話してる。

映画ファンのリトマス試験紙、なのかな?
映画ファンのリトマス試験紙、なのかな?

そんな会議シーンが面白い、という人もいるんでしょうね。会議場所の設営を短いカットをつなげた緊迫感あるタッチで描くなど、あんな準備する様が好きな人にはたまらんでしょうね。でも観客としてはつまらなかった。

この映画は関東に出現した巨大生物を倒そうとする過程を描いている。しかし、過程を描けばそれがドラマになるかっていうとそうじゃない。政府や自衛隊、一般人までゴジラを倒すという目的に向かって黙々と立ち向かう様が良い、という意見も見聞きした。しかしその黙々さがむしろ虚構のよう。

もっと現実に則すなら、組織の中に対立する立場になる人間が必ず現れるはずなのだ。意図的に悪をなそうとするのではない。解決すべき大きな問題に対し、立場や考えが違うために組織として停滞することは起こりうる(停滞しないのは自衛隊くらいか)。そんな時、人はどうするか、何を選び何を捨てるか。そんな利害調整こそが政治であり、ドラマにもなるはず。パソコンで文書を作って廊下を行き来する描写があれば政治を描いたことにはならないと思う。

さすがにゴジラを倒す手段については劇中で対立があった。しかし描写不足。国内での対立、葛藤がもっとあってしかるべきだった。対立や葛藤がないのが逆に「この登場人物たち、自分らが置かれている状況の厳しさがわかってないんじゃないの?」と疑問に思えた。異星人とアメリカが戦う映画「インデペンデンス・デイ」(第1作)の米国大統領の方がまだ葛藤してました。

先述した本土防衛のシミュレーション、過多なテロップ、楽曲が過去の怪獣映画そのままだったりエヴァっぽかったりなど、情報量は極めて多い作品です。一方で巨大生物含め登場人物の心情描写はほとんどなし。それがいわゆる2次創作を生んではいますが、観客側に補完させるような作風がむしろ空虚な印象を持ってしまったのでした。テーマをあからさまに語られるのもイヤなんですけどね。

そうはいっても中盤までの怒涛の面白さを斬って捨てるのはあまりにもったいない。映画に何を求め、何を不要と思うのか、観客一人一人の判断基準がみえてくる一本であることは間違いないと思います。

人生は自転車に似ていた話【書評「メンタルが強い人がやめた13の習慣」】

アメリカの心理療法士が身近な人を亡くす体験を機に「自分だけがひどい目に遭っている」という思いから脱しようとつくったリストに基づく一冊。自分のメンタルを強くするためにやめるべき13の習慣を挙げていく。

<内容紹介>
全米で話題のセルフヘルプ決定版、邦訳! 「メンタルの強い人」はそれが最悪の状況だろうと人生最大の危機だろうと、なんとか切り抜ける方法を知っている。誰もがもっている13の思考習慣をやめれば、折れずにしなるレジリエンスな生き方ができる。
<内容(「BOOK」データベースより)>
メンタルが強くなれば、最高の自分でいられる。主婦から兵士、教師からCEOまで役立つ、新しい心の鍛え方。
<著者について>
エイミー・モーリン
メイン州のニューイングランド大学でソーシャルワークの修士号取得。ハーバード大学のジャッジベーカーチルドレンセンターをはじめ、学校、コミュニティ、病院などでサイコセラピストとしてキャリアを積む。現在はライターでもある。

(以上、アマゾンの書籍紹介ページより)

著者が挙げる「メンタルを強くするためにやめるべき13の習慣」は

「自分を憐れむ習慣」
「自分の力を手放す習慣」
「現状維持の習慣」
「どうにもならないことで悩む習慣」
「みんなにいい顔をする習慣」
「リスクを取らない習慣」
「過去を引きずる習慣」
「同じ過ちを繰り返す習慣」
「人の成功に嫉妬する習慣」
「一度の失敗でくじける習慣」
「自分は特別だと思う習慣」
「すぐに結果を求める習慣」

こうして挙げてみるとダブっている内容もある気がするけれど、イントロダクションで著者が述べる「あなたの一番悪い習慣が、あなたの価値を決めている」という指摘にはどきっとさせられる。

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Kindle版は表紙がそっけないなぁ

そしてこれらの悪い習慣をやめることで人はメンタルが強くなる、すなわち理想的に変わる、と著者は一貫して述べる。

この本では目的とされる人間像は明示されない。しかし読んでいくと、どこかにある理想像を目指してそこに届くか否かが大事のではなく、今の自分を常に見つめ良い状態を維持することが大事なのだと気がつく。

自転車は漕ぐのをやめるとふらつき転倒する。転倒しないためにペダルをもう一度ぐっと踏み込んで速度を保つことで車体は安定していく。いつしか身に付いてしまった悪い習慣を今ここからやめ、繰り返さないことが良い人間への第一歩なのだ。

でもまた繰り返してしまうかもって?そんな時はこの本から著者のこの一言を贈ります。

まっとうでないことや実りのないことに10年も費やすより悪いことがあるとしたら、10年と1日を費やすことではないだろうか?

どうでしょうこの言葉、重いなぁ…!

メンタルが強い人がやめた13の習慣
エイミー・モーリン
講談社
売り上げランキング: 13,626

恐怖と日常は紙一重な話【鑑賞「ヒメアノール」】

ちょっと笑えてかなり落ち込ませ、さっと泣かせて終わるジェットコースターのような作品でした。

<作品紹介>
この世の不条理、深層心理の屈折した感情、コミカルな恋と友情、ポップなギャグなど、古谷実原作の独特な要素を含みながら、連載当時その過激な内容から物議を醸した、問題作にして伝説的コミックが遂に映画化!
若者特有の将来への不安や恋愛、日常のやり取りをコメディタッチで描きつつ、並走して語られる無機質な殺人事件―。
ふたつの物語が危険に交わるとき、最大の恐怖が観客に襲いかかる。
人間をターゲット(餌)としか思わない連続殺人鬼・森田を演じるのは、昨年デビュー20周年を迎えた、V6の森田剛。蜷川幸雄、宮本亜門、行定勲など、名だたる演出家の舞台作品で座長を務め、絶賛されてきた彼が満を持して映画初主演。
森田との再会によって事件に巻き込まれる岡田には、『アヒルと鴨のコインロッカー』『ゴールデンスランバー』の濱田岳。金太郎を演じるCM「KDDI au「三太郎シリーズ」」など、お茶の間でも親しまれる存在が本作でもブレないいい人キャラを好演。森田の新たな標的となるユカに『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』『グラスホッパー』の佐津川愛美、コメディリリーフとなる安藤に『幕が上がる』のムロツヨシといった演技派俳優が共演。
監督を務めるのは『銀の匙 Silver Spoon』の田恵輔。ユーモラスな人間描写に定評がある俊英が、前半の微笑ましいラブストーリーから一転、狂気が炸裂するサスペンスに突入するジェットコースター演出を展開。原作とは異なるエンディングも用意するなど、観る者を没入させるストーリーテリングで新機軸のエンターテイメントが誕生した。
<ストーリー>
「なにも起こらない日々」に焦りを感じながら、ビル清掃会社のパートタイマーとして働く岡田(濱田岳)。同僚の安藤(ムロツヨシ)に、想いを寄せるユカ(佐津川愛美)との恋のキューピット役を頼まれ、ユカが働くカフェに向かうと、そこで高校時代の同級生・森田正一(森田剛)と出会う。
ユカから、森田にストーキングされていると知らされた岡田は、高校時代、過酷ないじめを受けていた森田に対して、不穏な気持ちを抱くが…。岡田とユカ、そして友人の安藤らの恋や性に悩む平凡な日常。ユカをつけ狙い、次々と殺人を重ねるサイコキラー森田正一の絶望。今、2つの物語が危険に交錯する。

(以上、公式サイトより)

原作との差異、映画化に際し田監督がどう工夫したかはパンフレットの「田恵輔の優しい“ヒールに転向”宣言」(村山章)が非常にわかりやすく書いているので、今作の感想としては「是非パンフレットを買ってこの文章を読んでください」で済ませてもいいくらい。映画としての様々な「お楽しみ(注・15歳以上)」を高いレベルで詰め込んだ、大人のための作品でした。

「オトナ」向けの一本です
「オトナ」向けの一本です

まぁ映画としてのお楽しみを優先するあまり、思い出してみると森田がなぜユカに執着するのかが実は曖昧だったのだけど、そんなのは鑑賞中は気にならない。そこが不明なまま終わるのも森田が残した謎、とポジティブに解釈してもいい気がする。すべてが語られなくてもいいのかもなぁ。

主要キャスト全員、演技が素晴らしい。森田役の森田剛は言うに及ばず、コメディリリーフ的な安藤(ムロツヨシ)が笑えながらも不気味っぽいキャラなので、中盤から終盤へのキツイ展開への布石にもなる、適度な緊張感を作品に与えていたように思う。病院での場面は(弱っていたとはいえ)普通っぽくなっていたのが、また見る側に安堵感を与えていた。

不条理な暴力がこれでもかと描かれるので見る人、見る機会を選ぶ作品ですが、思い切って飛び込むと奥深い楽しみがある作品でした。