不安から逃げない話【書評「不完全な時代」】

今を生きる意味を考えたエッセイ集でした。

【内容紹介】
ますます複雑化し肥大する現代の情報化社会を私たちが生き抜くために必要な力とは何か? 変革せねばならないことは何か? ユビキタス・コンピューティングの新概念で世界を変えた著者が綴る提言エッセイ。
【著者について】
東京大学大学院情報学環教授。1951年東京生まれ。 専攻は電脳建築学。工学博士。TRONプロジェクトのリーダーとして新概念によるコンピュータ体系を構築。2003年紫綬褒章

(アマゾンの著書紹介ページより)

最初の方で示される「人工の自然」という考え方に興味を持った。著者は便利な機能が盛りだくさんの日本のトイレ事情を例に、トイレにどんな自動機能がついているか(蓋の開閉、洗浄など)見極める力が必要になってきているという。それは環境に注意を求める意味で人間の退化を防ぐのであって、頭の形で毒ヘビを見分けるような自然の中で暮らすための知識となんら変わらない。「人工の自然」を生きるための科学技術の教養なのだそうだ。

生き抜くための姿勢はあっても処方箋はないんですね。

著者は、科学技術の進歩で便利になることを安易に「人間の退化」とはしない。だって人間の歴史はどんな時代でもその前の時代から進歩しているのだから。安易に昔を懐かしむのではなく「どうしてそうなるのか」という技術の原理に興味を持ち技術の限界もわかる教養を身につけるべきだという。

激動の時代には「(成功者を生む)反骨と(成功者に求められる)教養を同時に身につけた人が必要」という指摘も重い。今の日本人には技術はあっても反骨、教養がない。しかし戦国武将や明治初期には両方を兼ね備えた人はいた、と書く。その頃の話ってよく日曜夜8時にドラマでやってますねそういえば。今の日本にないもの、と理解されているのでしょう。

一貫して著者が述べるのは「自分で考えることの重要性」と思った。高齢者のような情報弱者へのフォローも大事と述べつつ、閉塞感のある日本を変えるには「難しいことは偉い人が決めて」と任せきりにしてはいけない。そんな任せきりにできる人はいないし、これが正しいという判断もない。だからこそ、判断の結果を皆が引き受けるのが民主主義。

人々が正しく情報を得て、さらに正しい情報が常に得られるわけではないという不安にも向き合いながら、その中で最も確からしい判断をする。そして、その結果について諦観する。

著者が言う「不完全な時代に向き合う姿勢」はこういったものだ。まぁ考えてみれば「完全な時代」は永遠に来ませんからね。科学に政治、経済、感情と社会を構成するものはいろいろあるけれど、合理的に判断するのが大事ですね。

不完全な時代 科学と感情の間で (角川oneテーマ21)
坂村 健
角川書店(角川グループパブリッシング)
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