「いつでも見られる」は「いつまでも見ない」

IMG_0788今年初めに買ったデジタル機器は「Apple TV」でした。この歳でもお年玉を頂戴する機会がありまして、宵越しのお年玉は持たない主義者としてはさっそくほしいものをかおうと。

同梱の電源ケーブルと別途購入のHDMIケーブルを本体につないで、自宅内の WiFiパスワード、Apple IDを入力すればすぐ使えました。iPhone内の動画、写真も「AirPlay」機能でテレビに写せ、映画購入はおろかレンタルもできる…これはリビングで映画見放題だな!と思い、ちょっと時間が空くと予告編やプレビューなどを見ちゃうわけです。「ゼロ・グラビティ」などのハリウッド映画は米国版の予告編も観れちゃうのでこれまた楽しい。

しかし、この「楽しい」のって実は落とし穴がありそうだ、という話です。

どんな穴かと言いますと、「『そのうち見よう』と言いながら一生見ないんじゃないか」という穴です。いつでも見られるなら今すぐ見なくてもイイわけですからね。

写真正直、iTunes Storeの「ウィッシュリスト」とKindleを始めてからのAmazonの「欲しいものリスト」にはどんどんデジタルコンテンツが増えているのだけど、購入には至っていない。「まだ買わなくていいな」という気になってしまうのだ。 新しいコンテンツを買って視聴するくらいなら、むしろブルーレイレコーダーにたまった番組を消化したい。ハードディスクを圧迫してくるし。

本当は、この「物理的に制限がある」ってのが視聴の動機になるんですよねぇ。でもリビングで「ゼロ・グラビティ」予告編やら「パシフィック・リム」プレビューやらを見ている暇があったら、途中で見るのが止まっている堺雅人の弁護士ドラマ第2シーズンをさっさと見おわればいいのだ…!

テレビで何かを見るだけでも「何から見ようか」と頭を使う時代なんだなぁ。

というわけで次は、デジタル機器やネットを使ったサービス、SNSなどが広まったこんな時代をどう生きるかについての本を読んだので、その感想です。

 

人生と旅の共通点【映画「ゼロ・グラビティ」】

中身は予告や事前の情報通り。それ以上のことは何も起こらない。だけど見終わったとき、感動し興奮している自分に驚かされる一作。

無重力の宇宙空間で突然起こった事故。助かった宇宙飛行士は地上とも連絡が取れない状況の中、地球への帰還を目指す、という話。

こんなあらすじなので当然帰還できるに決まっているわけだし(全員死んで終わったら意味がない!)、舞台も現代なので宇宙飛行士が突然超能力に目覚めるだの異星人に会うだのと観客の予想を裏切ることも起こらない。こうなるだろうなということがそのまま起こり、それを切り抜けて飛行士は帰還する。

それでもこの映画が観客を捉えて離さないのは、圧倒的な映像美と音楽、登場人物の心理描写が巧みだから。この映画はストーリーでは勝負していないのだ。冒頭、画面の奥の点がシャトルと宇宙飛行士になり、事故発生まで一連の長回しの緊迫感!映像、音楽、演技と映画はストーリー以外にもこんなに観客に訴える要素があるのか、と再認識させられた。

ストーリーは単純だけど、いっぽうで話の構造は、中盤で地球までの脱出ルートが提示される(結末の提示)、一度はくじけ死を覚悟した飛行士が再び立ち上がる(王道的展開)などあって、取っ付きにくい作品にもしていない。わかりやすさも組み込んでいる巧みな作品だった。

(まだ一度しか見ていないのでちょっとあやふやだけど)ついに大気圏に突入する飛行士が「人生は旅だ!この旅に私は後悔していない!」と叫ぶのには、人生を書道に例えた本を読み直したばかりでもあって一度きりの人生を生き切る大切さを感じグッと来ましたね。そしてついに自分の足で大地を踏みしめ立ち上がったときに画面いっぱいに出る「GRAVITY」(重力)という原題。

邦題は「ゼロ・グラビティ」。無重力空間でのサバイバルを描いた映画なのでこれでも間違いではないんだけど、なぜ原題は「重力」なのか—。思うに、この映画が描きたかったのは「重力のある世界に『帰る』」話かな、と。

登場人物も二人だけ。文章で読んだら面白くもないような単純なストーリー(構造は巧みだけど)。それでもきっちり作れば勝負できると踏んだこの映画の関係者たちはすごい。映画の可能性を広げた作品だと思いました。

さて次回は、この映画の劇場観賞後も余韻を味わいたくて自宅のテレビで米版予告編を見ながら考えたことについてです。

人生と書道の共通点【書評「ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ」】

ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ

「Think Simple」「佐藤可士和の整理術」を通じてシンプルと禅の共通点を感じたけれど、その延長でこの一冊。人は人から大きな影響を受けるものだけど、その相手との関係が良好でありつづけられるかどうかはまた別の話、という苦い現実を描いているコミックです。薄い本だけど読み応えはありました。

【どんな本?】
ジョブズが日本に親しみがあったのはそこそこ知られているのではないかと。お忍びで京都に来たとか言う話もあったし。

そんなジョブズと一人の僧侶・乙川(知野)弘文の出会いから禅への傾倒、彼が携わったシンプルさが魅力的な製品や自身の生き様にも禅の思想が反映されていたという視点で書かれたコミック。

【良かった点】
ヒッピー崩れの生意気なアメリカ人男性が、アメリカで禅を広めようとやって来た日本人僧侶と意気投合し、禅の精神を学びながら少しずつ自分の考え方を変え、ビジネスにも生かしていった様が興味深い。

完璧を求めたジョブズが禅の修行を通じて、善と悪、天才と愚鈍などの二元論を脱し(この本では出てこない言葉だが)「シンプル」を会得(理解ではなく)する。一方で禅を通じ意気投合したはずの二人に生じた違い、別れ、死も描かれる。

ジョブズが禅の思想を通じ成熟する一方、人間として完成していくかというとけっしてそうではなく、師である弘文も完璧な存在ではなく迷い、苦しむ一人の人間として描かれる。「やり直しのきかない芸術」して作中で取り上げられる書道を人生になぞらえるクライマックスはなかなか苦い大人の味。

【惜しかった点】
日本の漫画と違う省略をしがちなアメコミ独自の表現方法や、作品内での時制が二人の出会いから別れー過去から現在—へ一直線ではなく頻繁に変わることもあって、一度読んだだけでは内容がよく分からない。そのためか巻末には解説や作者インタビューなどがあって理解の補助になってはいるけれど。

【どう読むべきか】
禅という思想を通じて交わるのは人間同士の交流としては深いレベルのはずなのだが、ジョブズと弘文の関係は悲劇的な形で終わる。けれど、残されたジョブズには弘文から得た禅の思想は生き続けていた。人生は書道のように一度きりだけど周囲の人に何かを残せるなら、それだけでも価値があるのだろう。

次は「一度きりの人生をどう生きるか」についてグッと感じさせた映画を見たので、その話です。

ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ
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日本人でもシンプルの杖を振るえるか【書評「佐藤可士和の超整理術」】

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「Think Simple」を読んで「シンプルを獲得する方法に関する記述はなかったな…」と思っていたところに続けてこの本を読んで、「シンプルを獲得する方法ってこれじゃん」と思った一冊。つまり(偶然だったけど)これらの本は2冊で一つのような感じなのだ。

【どんな本か】
TSUTAYA「Tカード」、国立新美術館やUNIQLOのシンボルマークをデザインしたアートディレクター、佐藤可士和氏による「整理術」の本。著者が携わった事例を通じて著者自身の思考法を「整理」という切り口で綴り、モノの整理だけでなく、アタマの中ー考え方の整理まで説いている。英語のタイトルを「KASHIWA SATO’S Ultimate Method for Reaching the Essentials」と謳っていたのに気づいた。「the Essentials」…「基本」ですね。

【良い点】
「整理することで一番大切なことを見つけ、磨き上げてデザインする。それがうまくいけば、見る人にメッセージを限りなく完璧に伝えることができる」と著者はいう。

「目的がフォーカスされて、ビシッと論理の筋道が通った」状態が著者の考える「整理された状態」のようだ。

「Think Simple」との関連で言えば、情報の整理のためには「問題の本質に迫ろうとするポジティブな姿勢を保つことが、整理術の大前提」という一文もあった。情報の整理のため「客観視」「視点の転換」「思い込みを捨てる」など多面的な視点で物事を見ることも重要なのだとか。

「多くの人は、自分の目の届く限られた範囲内で現実を理解し、あまり疑問を持たず、世の中をシンプルに捉えているのではないか」という下りは、「シンプル」を理解しているようで実はそこにある落とし穴を言い当てているようでおっかない。

そしてアートディレクターとして仮説をぶつけながらの対話を通して「相手の思いを整理する」ことの必要性も説く。常に自分を整理し、相手の思いも整理していく。その結果、できあがったデザインが「昔からこのデザインだった気がする」「新鮮だが違和感がない」と評価されているのだな。

「Think Simple」でもシンプルについて「見た目もふるまいも聞いた感じもまったく自然だということ」「知らず知らずに人をうなずかせるようなこと」としていたのに通じる。

自分自身や相手の思いもキチンと「整理」すれば「シンプル」にたどり着く…2冊を読んでそんな感想を持ったのです。

【惜しかった点】
前書きで「スポーツのような爽快感」が整理にあるというけれど、口絵にあるような著者のオフィスは…正直キレイすぎw。著者は外出時にカバンは持たず、普段持ち歩くのは鍵と携帯、小銭とカードケース程度なのだとか。いくらなんでも極めすぎのような気もしないではない。いろいろと詰め込みすぎて「自分のカバンはなぜこんなに重いのだ?」と頻繁に絶望する身としては、その境地に到達するのはいつの日か。

著者はアートディレクターだけど、本を読んで感じる著者や口絵で見る著者の職場には、禅寺のような静謐な雰囲気が漂う。ノウハウも突き詰めると宗教になるのかなぁ(多分違います)。

そういう意味では、著者がデザインを生み出す過程には「仮説をぶつけ修正する」はあったが、「説得」がなかった。「これしかない」という自分の思いを「思い込み」だったとして整理するのが一番難しいかもしれない。

【どう読むべきか】
カバンを持たないのはアレにしても、書評を書こうと読み直せば読み直すほど、考え方のヒントになる箇所が散りばめられていると気づく。片付けの魔法とか断捨離とかあるけれど、モノを整理することは思考、発想を整理することにもつながる…という主張は極めて説得力が高い。

というわけで、自分自身の整理をしてみようか、と思わされる本。それが「シンプル」への第一歩。とりあえず、身の回りの古い書類を処分しようっと…。

佐藤可士和の超整理術 (日経ビジネス人文庫)
佐藤 可士和
日本経済新聞出版社
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「単純」への道は複雑だった【書評「Think Simple アップルを生みだす熱狂的哲学」】

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「シンプル」…「単純」という意味だが、単純になる、単純であり続けることは簡単ではない。「シンプル」という考え方の奥深さが見える。

【どんな本?】
アップルの共同創業者スティーブ・ジョブズの考え方の基本は「シンプル」だった…として、ジョブズと仕事を共にした広告代理店のクリエイティブディレクターが彼との思い出を通じ、「シンプル」とは何かを考えた本。

【良かった点】
著者がジョブズ(とアップル)の振る舞いに見出した「シンプル」の法則の主なものを挙げてみる。

「1000の物事にノーと言う」「アイデアを前進させる時は、チャンスは全て使う」「プロジェクトに関わる人間を最小限にする」「コンセプトはすぐに理解できるものにする」ー。

まとめてみると簡単なようだが、作者によると「シンプル」とは「楽」を意味しないのだという。「楽」を提供するのは「複雑さ」だ。周囲に気を配ることも状況によっては「複雑さ」を招く要因になる。組織が大きくなると「複雑さ」は意思決定プロセスとして姿を現す。著者は「プロセスの段階を増やすほど完成品の質は悪くなる」と言い切っている。

「複雑さ」にジョブズ自身がとらわれていた例も本書内にはある。iMacの命名に関してだ。ジョブズは当初「MacMan」に固執しており(「ソニーを連想させるがかえって好都合かもしれない」とまで言う!)この名を超える条件を著者らに提示するのだが、著者たちは「『MacMan』は全部その条件に反してるじゃんorz」と頭を抱えてしまう。著者らが当初から考えた「iMac」が結局生き残るこのエピソードが、本書の中で一番に印象的な場面だった。笑えたし。

【残念な点】
後半はジョブズへの回顧が主になってしまう。付き合いが長く深い分、亡くなってしまったことがやはり寂しいのだろう。

また、本の中では、ジョブズが「シンプル」を追求しようとして部下や仕事仲間(著者たち)に向かって罵詈雑言をぶちまけまくる(部下たちは「回転砲塔」と呼んだw)姿が度々登場する。

一時期の低迷から「Think Different」キャンペーンを経てiMac、iPod、iPhone、iPadなどを通じとアップルが劇的な再生を果たしたからいいものの、経営者としてのジョブズはやはり相当付き合いにくそうではある。

結局のところ、「シンプル」を追求するにはジョブズのように他人に嫌われようと御構い無しのような人間になるしかないのかしら。そりゃ無理だ。

【どう読むべきか】
と言うわけで、ジョブズではない我々が如何に「シンプル」という考え方を自分のものにするかは、この本には無かった気がする。日本とは文化も違うわけだし。ジョブズの真似はできないけど、考え方だけは理解したい。向かうべき先を示してくれる本でした。

…と思っていたら、別の本を読んで「日本人版ジョブズ(変な表現だが)ってこの著者のような人じゃね?」と思ったので、次はその本について感想を書くつもりです。

Think Simple ―アップルを生みだす熱狂的哲学
NHK出版 (2012-07-31)
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