理解者は必ず(どこかに)いる話【書評・エンダーのゲーム】

51sR7HQZm9L._SL160_ガイド本などでは必ず紹介される傑作の部類に入るSF小説、なのだが、あらすじを読む限り全く興味がわかなかった。

今冬に映画化されたのを機に「じゃあ読んでやるか」と重い腰を上げたら「なるほど面白い!」と思ったものの時すでに遅く、肝心の映画は公開終了(涙)。AppleTVで見ることにしましょうかね…。

異星人バガーに襲われた人類は逆襲の機会を狙っていた。頼みの綱は才能のある子供達。艦隊司令を発掘するバトル・スクールで今日も子供たちは激しい訓練を行っていた。そんなスクールに入隊した少年エンダー。とびきりの才能があると大人たちに見込まれ、少年たちにはいじめられながらも、優秀な成績をあげていく。そして運命の最終試験…。

気弱な少年が訓練を通じ成長していくような話で正直新鮮味がなさそうな気はしていた。主人公は結局のところ天才だし、なーんかガンダムとかエヴァっぽいし。

そうはいっても少年の成長譚って読ませますよね。ライバルたちからねたまれながらも辛抱強く生きていく(時には逆襲する)エンダーの姿は最後まで目が離せない。

なおかつこの話は、先述したあらすじの先から大きく方向が変わるんですよ。ガンダムやエヴァと比べると主人公が「司令官」なのがミソかな。これ以上書くと結末、オチを語ることになりますが(勘の鋭い人は分かるのかも)、安直そうなスペースオペラがぐーっとヘアピンカーブを曲がって壮大かつ静謐な物語になり、深い感動を残して話は終わります。

スケールの大きな話を味わえるのはSF小説の醍醐味ですよねぇ。

どうやら映画版も結構原作に忠実だったらしいし(制作に原作者が関与したとか)映画館で確認したかったなぁ。

 

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善人は善人であり続けられるか?【書評「未来予測」】

517vyfvdIWL._SL160_ついていけない部分も多々あるけれど、著者自身の体験も含め、表題通り長期的な「未来予測」だけでなく短期的なマネタイズの話まで、広い視野で語られた本。

【どんな本?】
「レイヤー化する世界」と同じく、テクノロジーが社会に与える影響を考えた本。「社会は国家化から産業化に進み、情報化に進む」「自分らしく生きる人が増える」など予測する方向は同じなのだが、異なるのは「自分らしく生きる人が増えると目に見えない世界の存在を信じ(!)直感を大事にする人が増える(精神世界的な真理感を持つようになる)」という点か。

著者のいう「精神世界的な真理感」は左脳的、論理的思考の持ち主が右脳的、感覚的な思考も身につけるという意味らしい。

「自分らしく生きる」人は、自身の成功も自分の能力以外の力に助けられたような気がすることがあり、他人と競争する必要がなくなる。他者に寛大になり自分は他人とつながっている真理感を受け入れやすくなる…と著者は考える。現実社会になじめない人がスピリチュアルに頼るのとは違うのだとか。

その上でこれからは、そんな人々が集まるコミュニティに奉仕し、その周辺で発生するビジネスチャンスを掴めば金が儲かると説いている。「コンテンツはコピーできてもコミュニティはコピーできない」という一言は的を射ていると思う。

【良かった点】
総じて「これからは仲間たちとポジティブに生きよう」ということを訴えた一冊。ぶっ飛んだ主張も含まれているのだが断定的ではなく、自分の主張にも懐疑的な面ものぞかせるのが真摯な印象を与えている。

【惜しかった点】
かなり読み返したのだが散漫な印象は残る。著者自身もあとがきでそう認めつつ「自分の葛藤だと思う」と述べているけれど。長い副題も葛藤のあらわれかな。あと、我々は元々一つの存在と考える「精神世界的な真理感」は、理解できるようでなかなか敷居は高い。自分からそんな真理感を持っているとは言い出しづらいですねやっぱ。

【どう読むべき?】
日々を生きる実感、生きる意味。あとがきによると著者はそれを「自分がワクワクする分野で尖っていくこと」と(この本を書きながら)再確認したそう。著者は仲間たちとプラスエネルギーを出し合って尖って生きていくのだろう。

まぁ普通に考えたら、誰だって人の悪口は聞きたくないし言わないに越したことはない。言わない方が人としての評価があがることも分かってる。つまり、普通に善人として生きればいい訳だ。

…でも、人間ってプラスエネルギーばかり出しては生きていけないよね。Facebookでは友達が言う愚痴や批判は表示できなくできるけど、見えなくなったからって愚痴や不満が消えた訳ではない。

レイヤー化する社会」でもそうだったけど、ポジティブな振る舞いや発想だけを良しとするのは、個人の生き方としてはありだろうけど、未来予測としては無しだと思う。

端的に、他者に善人でありつづけるよう求める思想って結構な無理難題ではないのかなぁ。

人は愚痴や誹謗中傷、批判「も」する存在。マイナスエネルギーをプラスに変えるような仕組みができるといいんだけどね。それがつくれたら金儲けのチャンス…なのか?

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人の可能性はどこまで広がるか【書評「レイヤー化する社会」】

514ybGYX8oL._SL160_SNSや音楽、書籍の販売などインターネットを利用したサービスは増えている。国が消滅するとまでは思えないけれど、ネット社会の中で個人や企業が持つ可能性は広がっていることを感じさせた本。

【どんな本?】
AppleやGoogle、Facebookなどインターネットを活用した超国籍企業のサービスが広まっている現在の社会がどこに向かおうとしているのか、人類の歴史から振り返り予測する。

著者は人々を支配するシステムについて、古代から中性に広まった「帝国」、現代の「国民国家」を経て、現代から今後はいくつかの超国籍企業がつくる国境を越えた<場>が下から人々を管理する…と予測する。

この<場>には国民国家のようなウチとソトの概念はない。国境も超えたレイヤー(層)として世界に広がっている。<場>の中では様々な役割が切り分けられる。国境を越えた情報の交流(人間の交流も含む)が進み、<場>の中にいる私たちは立場に応じた交流も可能になる。<場>は私たちが利用したくなるようなサービスやコンテンツを提供し、私たちが利用することで強固になっていく。私たちは<場>との「共犯関係」を築いていく…のだという。

【良かった点】
…と、このように要約すると抽象的な内容のようだが決してそうではない。だって自分の普段の振る舞いを振り返れば著者の言いたいことは実感できるのだ。

AppleのiTunesストアやAmazonで音楽や書籍を買い、買ったことを報告したり感想を伝えたくなったらFacebookやブログに書く(Facebookに書き込みがしやすいよう、iTunesストアやAmazonからはリンクが貼られている)。わからないことがあったらGoogleにキーワードを入力して検索する。

ネットに書いた内容はGoogleの検索にヒットしたりFacebookの友達に広まるので、感想を知りたい人の役に立て、交流も可能になる。

AppleやAmazon、Google、Facebookはそんな私たちの活動をデータ化し、扱うコンテンツの販売や広告収入などに結びつけているのも分かっている。

自分の日頃の行動が何をもたらしているかを客観的に見つめ直し、わかった上でどう振る舞うべきかのヒントがあると思う。

【惜しかった点】
おそらくこの本に限ったことではないのだろうが、歴史を俯瞰し未来を予想する著述に接すると「著者が描きたい未来像に説得力を持たせるために歴史を解釈しているのでは」という、ある種の疑念がどうしても消えない。

「国民国家と、民主主義と、経済成長の連携は終わろうとしている」「国民国家の権力は終わる」と言われても、それは今生きている我々の世代の話ではないのではないか。

超国籍企業が中心になってつくる<場>はマジョリティとマイノリティを逆転させる、と著者は言うが、「自分が社会のマジョリティだと疑わず、安心しきっていた人」がそう簡単に逆転を許すだろうか?複雑に収益を動かして課税逃れをする超国籍企業を、国民国家が今後も見逃すだろうか。何らかの揺り戻しは生じるはずで、結果、著者の予測する未来は来ないか、別の形になる気がする。

【どう読むべき?】
この本に限らず未来予測の話は真正直にではなく、可能性の話として受け取るべきなのだろう。

ただ、個人の生き方として<場>を積極的に利用して新しい出会いをつくれば、可能性が広がる(それがどんなものかは分らないけど)という考え方は理解できる。

可能性に賭けるか賭けないか、目の前には二つの道があるのだろう。

レイヤー化する世界

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人生と書道の共通点【書評「ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ」】

ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ

「Think Simple」「佐藤可士和の整理術」を通じてシンプルと禅の共通点を感じたけれど、その延長でこの一冊。人は人から大きな影響を受けるものだけど、その相手との関係が良好でありつづけられるかどうかはまた別の話、という苦い現実を描いているコミックです。薄い本だけど読み応えはありました。

【どんな本?】
ジョブズが日本に親しみがあったのはそこそこ知られているのではないかと。お忍びで京都に来たとか言う話もあったし。

そんなジョブズと一人の僧侶・乙川(知野)弘文の出会いから禅への傾倒、彼が携わったシンプルさが魅力的な製品や自身の生き様にも禅の思想が反映されていたという視点で書かれたコミック。

【良かった点】
ヒッピー崩れの生意気なアメリカ人男性が、アメリカで禅を広めようとやって来た日本人僧侶と意気投合し、禅の精神を学びながら少しずつ自分の考え方を変え、ビジネスにも生かしていった様が興味深い。

完璧を求めたジョブズが禅の修行を通じて、善と悪、天才と愚鈍などの二元論を脱し(この本では出てこない言葉だが)「シンプル」を会得(理解ではなく)する。一方で禅を通じ意気投合したはずの二人に生じた違い、別れ、死も描かれる。

ジョブズが禅の思想を通じ成熟する一方、人間として完成していくかというとけっしてそうではなく、師である弘文も完璧な存在ではなく迷い、苦しむ一人の人間として描かれる。「やり直しのきかない芸術」して作中で取り上げられる書道を人生になぞらえるクライマックスはなかなか苦い大人の味。

【惜しかった点】
日本の漫画と違う省略をしがちなアメコミ独自の表現方法や、作品内での時制が二人の出会いから別れー過去から現在—へ一直線ではなく頻繁に変わることもあって、一度読んだだけでは内容がよく分からない。そのためか巻末には解説や作者インタビューなどがあって理解の補助になってはいるけれど。

【どう読むべきか】
禅という思想を通じて交わるのは人間同士の交流としては深いレベルのはずなのだが、ジョブズと弘文の関係は悲劇的な形で終わる。けれど、残されたジョブズには弘文から得た禅の思想は生き続けていた。人生は書道のように一度きりだけど周囲の人に何かを残せるなら、それだけでも価値があるのだろう。

次は「一度きりの人生をどう生きるか」についてグッと感じさせた映画を見たので、その話です。

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日本人でもシンプルの杖を振るえるか【書評「佐藤可士和の超整理術」】

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「Think Simple」を読んで「シンプルを獲得する方法に関する記述はなかったな…」と思っていたところに続けてこの本を読んで、「シンプルを獲得する方法ってこれじゃん」と思った一冊。つまり(偶然だったけど)これらの本は2冊で一つのような感じなのだ。

【どんな本か】
TSUTAYA「Tカード」、国立新美術館やUNIQLOのシンボルマークをデザインしたアートディレクター、佐藤可士和氏による「整理術」の本。著者が携わった事例を通じて著者自身の思考法を「整理」という切り口で綴り、モノの整理だけでなく、アタマの中ー考え方の整理まで説いている。英語のタイトルを「KASHIWA SATO’S Ultimate Method for Reaching the Essentials」と謳っていたのに気づいた。「the Essentials」…「基本」ですね。

【良い点】
「整理することで一番大切なことを見つけ、磨き上げてデザインする。それがうまくいけば、見る人にメッセージを限りなく完璧に伝えることができる」と著者はいう。

「目的がフォーカスされて、ビシッと論理の筋道が通った」状態が著者の考える「整理された状態」のようだ。

「Think Simple」との関連で言えば、情報の整理のためには「問題の本質に迫ろうとするポジティブな姿勢を保つことが、整理術の大前提」という一文もあった。情報の整理のため「客観視」「視点の転換」「思い込みを捨てる」など多面的な視点で物事を見ることも重要なのだとか。

「多くの人は、自分の目の届く限られた範囲内で現実を理解し、あまり疑問を持たず、世の中をシンプルに捉えているのではないか」という下りは、「シンプル」を理解しているようで実はそこにある落とし穴を言い当てているようでおっかない。

そしてアートディレクターとして仮説をぶつけながらの対話を通して「相手の思いを整理する」ことの必要性も説く。常に自分を整理し、相手の思いも整理していく。その結果、できあがったデザインが「昔からこのデザインだった気がする」「新鮮だが違和感がない」と評価されているのだな。

「Think Simple」でもシンプルについて「見た目もふるまいも聞いた感じもまったく自然だということ」「知らず知らずに人をうなずかせるようなこと」としていたのに通じる。

自分自身や相手の思いもキチンと「整理」すれば「シンプル」にたどり着く…2冊を読んでそんな感想を持ったのです。

【惜しかった点】
前書きで「スポーツのような爽快感」が整理にあるというけれど、口絵にあるような著者のオフィスは…正直キレイすぎw。著者は外出時にカバンは持たず、普段持ち歩くのは鍵と携帯、小銭とカードケース程度なのだとか。いくらなんでも極めすぎのような気もしないではない。いろいろと詰め込みすぎて「自分のカバンはなぜこんなに重いのだ?」と頻繁に絶望する身としては、その境地に到達するのはいつの日か。

著者はアートディレクターだけど、本を読んで感じる著者や口絵で見る著者の職場には、禅寺のような静謐な雰囲気が漂う。ノウハウも突き詰めると宗教になるのかなぁ(多分違います)。

そういう意味では、著者がデザインを生み出す過程には「仮説をぶつけ修正する」はあったが、「説得」がなかった。「これしかない」という自分の思いを「思い込み」だったとして整理するのが一番難しいかもしれない。

【どう読むべきか】
カバンを持たないのはアレにしても、書評を書こうと読み直せば読み直すほど、考え方のヒントになる箇所が散りばめられていると気づく。片付けの魔法とか断捨離とかあるけれど、モノを整理することは思考、発想を整理することにもつながる…という主張は極めて説得力が高い。

というわけで、自分自身の整理をしてみようか、と思わされる本。それが「シンプル」への第一歩。とりあえず、身の回りの古い書類を処分しようっと…。

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「単純」への道は複雑だった【書評「Think Simple アップルを生みだす熱狂的哲学」】

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「シンプル」…「単純」という意味だが、単純になる、単純であり続けることは簡単ではない。「シンプル」という考え方の奥深さが見える。

【どんな本?】
アップルの共同創業者スティーブ・ジョブズの考え方の基本は「シンプル」だった…として、ジョブズと仕事を共にした広告代理店のクリエイティブディレクターが彼との思い出を通じ、「シンプル」とは何かを考えた本。

【良かった点】
著者がジョブズ(とアップル)の振る舞いに見出した「シンプル」の法則の主なものを挙げてみる。

「1000の物事にノーと言う」「アイデアを前進させる時は、チャンスは全て使う」「プロジェクトに関わる人間を最小限にする」「コンセプトはすぐに理解できるものにする」ー。

まとめてみると簡単なようだが、作者によると「シンプル」とは「楽」を意味しないのだという。「楽」を提供するのは「複雑さ」だ。周囲に気を配ることも状況によっては「複雑さ」を招く要因になる。組織が大きくなると「複雑さ」は意思決定プロセスとして姿を現す。著者は「プロセスの段階を増やすほど完成品の質は悪くなる」と言い切っている。

「複雑さ」にジョブズ自身がとらわれていた例も本書内にはある。iMacの命名に関してだ。ジョブズは当初「MacMan」に固執しており(「ソニーを連想させるがかえって好都合かもしれない」とまで言う!)この名を超える条件を著者らに提示するのだが、著者たちは「『MacMan』は全部その条件に反してるじゃんorz」と頭を抱えてしまう。著者らが当初から考えた「iMac」が結局生き残るこのエピソードが、本書の中で一番に印象的な場面だった。笑えたし。

【残念な点】
後半はジョブズへの回顧が主になってしまう。付き合いが長く深い分、亡くなってしまったことがやはり寂しいのだろう。

また、本の中では、ジョブズが「シンプル」を追求しようとして部下や仕事仲間(著者たち)に向かって罵詈雑言をぶちまけまくる(部下たちは「回転砲塔」と呼んだw)姿が度々登場する。

一時期の低迷から「Think Different」キャンペーンを経てiMac、iPod、iPhone、iPadなどを通じとアップルが劇的な再生を果たしたからいいものの、経営者としてのジョブズはやはり相当付き合いにくそうではある。

結局のところ、「シンプル」を追求するにはジョブズのように他人に嫌われようと御構い無しのような人間になるしかないのかしら。そりゃ無理だ。

【どう読むべきか】
と言うわけで、ジョブズではない我々が如何に「シンプル」という考え方を自分のものにするかは、この本には無かった気がする。日本とは文化も違うわけだし。ジョブズの真似はできないけど、考え方だけは理解したい。向かうべき先を示してくれる本でした。

…と思っていたら、別の本を読んで「日本人版ジョブズ(変な表現だが)ってこの著者のような人じゃね?」と思ったので、次はその本について感想を書くつもりです。

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社会や人を変えるものとは【書評「メイカーズ」】

読み終わっても実際のところ半信半疑。本当に3Dプリンタが一家に一台の時代がくるんだろうか。ただ「人は『何かを作りたい』という強い欲望を持っている」というのは伝わってきたけど…。

【どんな本?】
「ロングテール」(未読)「フリー」(既読)などの著書がある米版「ワイヤード」編集長の最新刊。デジタル技術の進歩は「ものづくり」にも変化をもたらす、という話で、具体的には(1)パソコン上の3Dデータをそのまま立体化する「3Dプリンタ」による物づくり(2)ウェブを通じた製造委託サービスや資金集めによる物づくりーによって個人が大企業と同じ製造能力を持ちうるのだ、というのが筆者の考えだ。

【よかった点】
読み終わったときには、自分でも何か作りたい、と思わされた。できあがったときの充実感って確かに得難いものがある。…のだけど、自分が「作りたい」と今思っているのは、少なくとも立体物(3D)ではない、と気づいてもしまった。それこそ今書いている書評(文章)とか、ブログとか2Dのものなんだな。

【惜しかった点】
著者は「自分がほしい物を作ってそれを売る」ニッチなビジネスが先進国に広まっていく…と予想する。しかしスミマセン、「一家に一台3Dプリンタ」って世界は全く想像できない。だって使い道がわからないもの。

今の「2D」プリンタが、少なくとも日本で広まったのは「年賀状」があったからではないかな。「これが家で作れれば便利なのに」という立体物がまだ思い浮かばない(それが思い浮かべばビジネスチャンスかも?)。

ウェブを通じた製造委託サービスの成功例として本書で挙げられる「レゴのアクセサリ」「特殊な電子部品」「自動車」、著者が携わっている「飛行機ロボット」…どれも興味がない(重ね重ねスミマセン)。もちろんニッチなビジネスである以上、上記の物に興味がないことが「メイカーズ」ムーブメントが失敗するとイコールではない。「これは欲しい!」と思わせる物がいつかネットにでてくるかもしれないのだから。

【どう読むべきか】
3Dの物を作るのに今は興味がなくても、モニター上に映る2Dのもの(文章、写真、動画など)の創作はすでに一般に開放された。日本でも大手メーカーを飛び出して一人や数人で物づくりをしている若者がメディアで紹介され始めている。3Dプリンタも製造委託サービスも「もっと手軽につくりたい」「自分だけのものを作りたい」という欲望の産物だ。

この本で書かれている未来像はこじつけっぽく理想論的な気もするのだが(というか究極のDIYって感じでいかにもアメリカンな印象)、それは「自分が欲しいものを自分で作るようになると人がどう変わるか」があまり書かれていなかったからかもしれない。自分で体験するしかなさそうだ。「これを3Dプリンタで作りたい」という欲望がわいたとき、自分はどう変わるのだろうか。

MAKERS―21世紀の産業革命が始まる
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理想論の中にヒントはある?【書評「ディズニー こころをつかむ9つの秘密」】

「東京ディズニーランドの最寄り駅が『東京ディズニーランド前』でないのはなぜか?」という著者の質問に正解がわかるなら読まなくてもいい本。ちっとも答えが浮かばなかったので読んでみました。この答えにブランドを作り、育てることの本質が集約されている。

【どんな本?】
東京ディズニーランドを運営するオリエンタルランドの2期生として入社し、開業からマーケティング全般に関わった著者が学び、体現したディズニーのブランド力の秘密を紹介する本。

【よかった点】
「ブランド」会社の存在意義をどう社会に認知させるか、コントロールしていくか。この本では、著者が一貫して「これでもか、これでもか」と考えながらやってきたこと以上に、米側から言われた「やってはいけないこと」のエピソードが秀逸なのだ。ブランドを認知させるには攻めだけでなく「守り」も必要で、守ることで社会にブランドへの飢餓感を与えられるのだ(そしてそこにマネタイズの機会も生じる)。

【惜しかった点】
上司に「恵まれすぎ」というと著者への難癖になってしまうが、東京ディズニーランドの成功は、アメリカで確立したブランドを著者ら日本人が学び、発展させたもの。自分たちの会社のブランド(存在理由)は何か、を「再確認する」のは容易ではない気がする。その辺の苦労話、回答はこの本にはない。

【どう読めばいい?】
「ディズニーだからできた」で済まさず、一種の「理想形」として読むべき。全てでなくてもまねできる点はあるはずだ。その差異を探すのがいいかもしれない。東京ディズニーランドの裏話も得られてお得な一冊です。

ディズニー こころをつかむ9つの秘密
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