個人力を高めなくてはいけない話【書評「東京防災」】

熊本地震で被災された熊本、大分の方々にお見舞い申し上げます。

東日本大震災は正直よその地域の出来事だったんだけど、今回の地震は揺れも体験したし被災した熊本市や阿蘇、大分の湯布院や別府は行ったことがある場所なので(阿蘇神社の倒壊は大ショック)、今度こそ防災についての意識を新たにしたところです。

そこで今回紹介するのは東京都が発行する防災ブック「東京防災」。電子書籍は無料です。

要ダウンロード!

正直、スマホやタブレットに最適化されているのは「デジタル版」。読み方が「目次から」「世帯から」「用語から」「場所から」の4パターンがあり、ページ間のリンクも張り巡らされていて、読みたい情報が見つけやすい。電子書籍版は書籍版をそのまま使ったからか目次に沿った読み方しかできず、索引もあるけどキーワードから当該ページに飛べないのが惜しい。

何より同梱の漫画「TOKYO ”X”DAY」が逆から読む形になってしまっているのはつくづく残念。書籍版なら後ろから読むことができるけど、電子書籍版は左ページから右ページへの一方通行なのだな。漫画は基本、右ページから左ページに読むようコマを割っているので、ここだけページ順を変えることもできない。

と、電子書籍の残念なところが目についてしまうのだけど一度ダウンロードすればネットに繋がらなくても読めるのは便利か。黄色をベースにした紙面はイラストも豊富で読みやすい。テロや感染症対策まで網羅しているのも便利。読むと「なーんだ」と言いたくなる基本的なことしか書いていないんだけど、そう思うのは今が通常時だから。非常時は絶対動転しているはずなので、そんな基本的なことすら忘れている可能性大なのだ。

断水時のトイレの使い方や簡易おむつ、布ナプキンの作り方など避難生活のコツも豊富なのが素晴らしい。覚えられなくても「『東京防災』に書いてあったはず」と思い出すだけでも違うだろう。

「被災者の声に学ぶ」というコーナーも印象に残った。避難所で「別の避難所には市から助成金が出たらしい」という噂が広まり「行政から話が来るまで待とう」と全員が納得するまで2ヶ月かかった(!)というのは非常にリアルな体験談だった。ネットで広まるしょうもない内容より、こういった噂の方が被災者を消耗させるんだなぁ。

一人一人の防災力をどう高めるか、正しい情報をどう入手するかまで考えさせられた本でした。スマホにダウンロードしておくことをお勧めします。

あと、通常は1900円で販売しているiPhoneアプリ「家庭の医学」も熊本地震支援の一環ということで5月末まで無料配布しているそうですよ…!

シンプルイズベストな話【鑑賞「アーロと少年」】

冒険を通じて少年が大人になるお決まりの話ではあるんだけど、きっちり楽しませるところに作り手たちのとんでもない冴えを感じさせる一本でした。

【あらすじ】隕石が落ちてこなかった6500万年前の地球。世界の中心は恐竜たちだった。恐竜の子供・アーロは家族で蓄えていた食べ物を盗んでいた人間の少年を追いかけるうちに川に転落してしまう。川をたどって我が家を目指すアーロと少年。二人に待ち受ける運命は。

「恐竜と人間が」ではなく「恐竜が人間と」心を通わせる話、というのが今作の効果的なところ。見終わったときは「これ、逆じゃだめなのか?」と思った。しかし「ジュラシック・パーク」シリーズを思い出してほしいのだが、もし観客が少年の立場に置かれると、相手は自分より生物学的に圧倒的に優位なのだから、物語がどこまで展開しても「いつかコイツにやられちゃうのでは?」という懸念が消えず物語に集中できないはず。

その点今作では観客は恐竜側の立場で物語に参加するのでアーロが少年に危害を加えないと分かり、安心して話に集中できる。

アーロの肌感もかなりのものでした
アーロの肌感もかなりのものでした

物語自体、恐竜と人間を同じ世界に住まわせるため「隕石が落ちなかった地球」という設定。こういった舞台設定になるべく説得力を持たせようとするのはピクサーの特徴のような気がする。

また恐竜が主人公ということで、鼻先で畑を耕したり崖をよじ登ったりと、擬人的な動きが実に面白かった(走る様が馬っぽいのは今一つだったけど…)。

しかしなにより今作最大の見所は3Dで描かれた風景描写!「実写か?」と思わせるほどリアル。アーロの家のそばを流れる川面の表情にはっとさせられ、荒れ狂う鉄砲水や滝は大迫力で描かれている。

おそらくこの風景描写を生かすために、アーロと少年にとっての敵-勇気を発揮しなくてはならない相手-も大自然(自分たちが暮らす環境そのもの)になったと想像する。風景自体が非常に大きな存在感を放っていた。

クライマックス、アーロが鼻先で地面に円を描く泣ける場面があるのだけど(なぜ泣けるかは秘密)、その土の描写も実にリアルで印象的でした。鑑賞したときは春休みで子供たちが多かったんですが、もう客席の至る所で鼻がグジュグジュ鳴ってましたよw。

前作「インサイド・ヘッド」がかなーり設定の多い作品だったのに比べると、今作は「地球に隕石は落ちませんでした」程度の非常にシンプルな設定。話の基本的な骨格も既視感のある「主人公が行って帰る」話。しかし話の構造が類型的であってもきっちり細部にこだわれば(キービジュアルでもある二人のあの抱擁シーンの動きの素晴らしさ!)エンターテイメントとして十分成立するんだなぁ。お見事でした!

自己認識からは逃げられない話【書評「川の名前」「闇の奥」】

電子書籍で続けて読んだ小説2冊が偶然にも非常に対比的だったのでまとめて感想を。

最初に読んだのは川端裕人「川の名前」。

マッチング(?)の妙でした
マッチング(?)の妙でした

【あらすじ】小学5年生の夏休みに、近所を流れる川を自由研究の課題に選んだ少年たち。そこには意外な生き物が住んでいた!足元から世界へ広がる自然と自分たちが今いる場所の意味を知って、少年たちは川と共に生きる「カワガキ」になる…。

クライマックス、台風の中、河口を目指し川を下る少年たちの冒険はテレビで生中継される。彼らの奮闘に感化された他の少年たちによる自己紹介が胸を打つのです(詳しくは書きませんが)。身近な自然を誇り、足元の川は世界につながっていることを知った者同士の挨拶。川は世界につながり、足元の環境が今の自分を作っているという話でした。

で、そのあと選んだのはジョセフ・コンラッド「闇の奥」。映画「地獄の黙示録」原作でもあります。

【あらすじ】象牙貿易で絶大な権力を握るクルツを救出するため、船乗りマーロウはアフリカの奥地で川をさかのぼる。密林や謎の部族との接触を経てついに出会ったクルツの正体は…。

本当に偶然だったのだけど、「川の名前」が川を下る話だったのに対し、(読み始めてから気づいたのだが)「闇の奥」は川をさかのぼる話。そして上流に「根源」があるというモチーフも似ている。

しかし「川の名前」はその根源を善なるものと見たのに対し、「闇の奥」は何か禍々しいものと描写した。「恐ろしい!恐ろしい!」というクルツの最後の言葉を「川の名前」の少年たちの自己紹介と対比させると何か不思議な感覚になったのです。

「自分が何者であるか」といえるテーマを全く正反対の角度から見たよう。「川の名前」の少年たちが「闇の奥」で大人になったようでもあり(時代が違うけどw)。

自己の存在理由への問い掛けには恐ろしい答えがあるかもしれないが、その認識なしに人は存在し得ない、のか?

こういった偶然の出会いから思考が膨らむから(迷走かもしれんが)読書は面白いのです。

川の名前 (ハヤカワ文庫JA)
川端 裕人
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闇の奥 (光文社古典新訳文庫)
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