人生と書道の共通点【書評「ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ」】

ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ

「Think Simple」「佐藤可士和の整理術」を通じてシンプルと禅の共通点を感じたけれど、その延長でこの一冊。人は人から大きな影響を受けるものだけど、その相手との関係が良好でありつづけられるかどうかはまた別の話、という苦い現実を描いているコミックです。薄い本だけど読み応えはありました。

【どんな本?】
ジョブズが日本に親しみがあったのはそこそこ知られているのではないかと。お忍びで京都に来たとか言う話もあったし。

そんなジョブズと一人の僧侶・乙川(知野)弘文の出会いから禅への傾倒、彼が携わったシンプルさが魅力的な製品や自身の生き様にも禅の思想が反映されていたという視点で書かれたコミック。

【良かった点】
ヒッピー崩れの生意気なアメリカ人男性が、アメリカで禅を広めようとやって来た日本人僧侶と意気投合し、禅の精神を学びながら少しずつ自分の考え方を変え、ビジネスにも生かしていった様が興味深い。

完璧を求めたジョブズが禅の修行を通じて、善と悪、天才と愚鈍などの二元論を脱し(この本では出てこない言葉だが)「シンプル」を会得(理解ではなく)する。一方で禅を通じ意気投合したはずの二人に生じた違い、別れ、死も描かれる。

ジョブズが禅の思想を通じ成熟する一方、人間として完成していくかというとけっしてそうではなく、師である弘文も完璧な存在ではなく迷い、苦しむ一人の人間として描かれる。「やり直しのきかない芸術」して作中で取り上げられる書道を人生になぞらえるクライマックスはなかなか苦い大人の味。

【惜しかった点】
日本の漫画と違う省略をしがちなアメコミ独自の表現方法や、作品内での時制が二人の出会いから別れー過去から現在—へ一直線ではなく頻繁に変わることもあって、一度読んだだけでは内容がよく分からない。そのためか巻末には解説や作者インタビューなどがあって理解の補助になってはいるけれど。

【どう読むべきか】
禅という思想を通じて交わるのは人間同士の交流としては深いレベルのはずなのだが、ジョブズと弘文の関係は悲劇的な形で終わる。けれど、残されたジョブズには弘文から得た禅の思想は生き続けていた。人生は書道のように一度きりだけど周囲の人に何かを残せるなら、それだけでも価値があるのだろう。

次は「一度きりの人生をどう生きるか」についてグッと感じさせた映画を見たので、その話です。

ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ
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