前向きな力を取り戻す話【書評「NEXT WORLD 未来を生きるためのハンドブック」】

2015年初頭に放送されたNHKスペシャル「NEXT WORLD」を書籍化。未来予測、バイオテクノロジー、仮想現実、宇宙開発などをテーマに科学の力で人間の可能性を探ったシリーズでした。

心の準備はいいですか…?
心の準備はいいですか…?

遺伝子改変や極小機械「ナノマシン」を体内に入れての病気治療、人間の行動を代行する遠隔操作ロボット、犯罪発生を予測したりヒット曲を作り出せる人工知能、これまでとは全く違う原理で動き従来の処理能力を遙かに超えるとされる量子コンピューター…など、ここで取り上げられるひとつひとつの内容はかなり突飛なもの。どれか一つでも実現するとそれだけで社会ががらっと変わってしまうだろう。

こういったテクノロジーの進歩を比較的前向きに紹介していたのがこのシリーズの特徴で、書籍自体もその流れに乗って構成されている。

先述の様々な最先端の研究に携わっている人たちは、基本、未来を明るくとらえている。

ハーバード大学医学大学院で長寿や若返りの研究に取り組むデイビッド・シンクレア教授は「未来は私たち自身の手で生み出すことができる。きっと明るくてすばらしい未来が待っている」と言う。

地球への帰還までは保証されない火星移住計画を考案したオランダ人起業家バズ・ランスドルプ氏は「世界にはフロンティアを発見し、開拓し、定住したいと思う人々はいる」と言う。選考から漏れたものの、このプロジェクトに応募した日本人女性研究者・小野綾子さんは「人間が行ける限界の地で、自分にできる限りのことをする。それがかなえば本望」と話す。

この本のあと書きは番組プロデューサーが書いている。それによると、作り手としては「テクノロジーの進化で不安が膨らんだり想定しないことが起こるかもしれないし、大切にしてきたことも捨てないといけないかもしれないが、前に進むしか未来や幸福はないのではないか」という思いがあったのだという。その上でどんな未来を選択するか、その材料を提供したかったのだとも。

「人類は常に次のフロンティアを求めて前に進もうとします。思うように前に進むことができないとき、人類は不満を抱きます。それは悪いことではありません。だからこそ人は創造的であろうとし、さらに次のフロンティアを生み出すのです」(未来学者レイ・カーツワイル)

「頭の中では、おそらく答えは見つからない。とにかくさまざまなアプローチを試して、実際に手を動かした結果、面白いことが分かった。その連続です。理論から出発するのではなく、見えてきた部分を理論に還元していくというアプローチがあってもいいと思います。とにかく突き進んでみることが“その先の未来”への近道と言えるでしょう」(拡張現実をテーマに研究する慶応大学准教授・筧康明博士)

日本はバブル経済崩壊以降「失われた20年」と言われ、リーマンショック以降は「もう経済成長はない」とも言われ、悲観的ムードが残っているように感じている。

ちょうど最近完結したTVドラマ「下町ロケット」のことも考えた。中小企業を舞台にものづくりの意義を問う話だったけど、このシリーズでの目標はロケットにしろ人工心臓にしろ、意義があらかた確定している物だった。しかし今の日本の課題は「いいものを作れば良い」から一歩進み、何がいい物かを定義していく必要があるのではないか。その点が「下町ロケット」は物足りなかった。

人間には本来、蛮勇ともいえる力があるはずではないのか。日本はそんな力を発揮するべきときが来ているのではないか。先が見えない?先が見えた時代なんか今までなかったろうし、見えた方がつまんないよ。先が見えないからこそワクワクするんじゃないの?…と、もう一度前向きな力を取り戻したくなるような、そんな本でした。

NEXT WORLD 未来を生きるためのハンドブック
NHK出版 (2015-03-30)
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