対立に怯んではいけない話【感想「日本人が知らない集団的自衛権」】

今夏成立した平和安全法制には日本がこれまで禁じていた集団的自衛権の行使が含まれている。現在でも法案に反対する運動が続いている中、集団的自衛権について理解しておきたいと思い読んでみた。

冷静な視点を持ちたいものです。
冷静な視点を持ちたいものです。

この本が書かれたのは法案成立前。法制の具体的な評価はないものの、著者は基本的に集団的自衛権の行使を容認する立場にたっている。一問一答形式なのでどこからでも読めるのも、読み返すのに便利かもしれない。

著者が集団的自衛権の行使を容認する理由としては

・個別的自衛権……自国の安全を自国の軍事力によって守る権利
・集団的自衛権……自国の安全を同盟国などの軍事力を使って守る権利
であることです。
どちらも「自衛のための権利」であって、他国を守ることが優先されているわけではありません。

第二次大戦後から今日まで欧米をはじめとする主要国が行使を続けている集団的自衛権は、戦争をするための権利ではなく、「戦争を回避するための権利」なのです。「万が一、攻撃をしかけてきたら全員で仕返しするぞ」と宣言し、そのための軍隊を維持することによって「戦争が起きないよう抑止するための権利」、といってもよいでしょう。

などがある。また憲法との関連については、憲法の読み方として前文について「憲法に関する総論を述べた部分で、日本が何を目指すかを謳っている」と考える海外の研究者の見方を示す。

それによると海外の研究者たちは前文「日本国民は、…(略)平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」について、日本が「国連を中心とする安全保障体制の中で生きる」意味になり、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」は日本が「戦争のない世界を創るために全力を挙げて行動する」と宣言している、と読み解き、9条は侵略戦争だけを禁止する規定、と解釈するのだそうだ。

その上で著者は

 自衛隊を世界の平和を実現するための国際共同行動に参加させることは、憲法第9条と矛盾しないどころか、憲法前文の精神からは積極的におこなうべきとすら読むことができる、と私は考えています。

と結論づける。

アメリカとの関係についても提言している。日本はアメリカにとって

 「地球の半分」の範囲で行動する米軍を支えることができるのは、アメリカの同盟国のなかでも日本だけです。経済力の規模から考えても韓国や台湾、シンガポールでは米軍を支えきれませんし、日本のような工業力、技術力、資金力の三拍子が備わっている国はないのです。

忘れてはならないのは、アメリカの「戦略的根拠地」である日本列島を、日本の国防と重ねる形で守っているのは自衛隊だという現実です。防空任務ひとつとっても、アメリカの戦闘機は要撃の任務には就いておらず、それは日本の航空自衛隊が行うという役割分担の関係なのです。

という認識に立って

 アメリカが在日米軍基地を使って軍事力を行使しようとするときも、日本が掲げる平和主義や国連中心主義に合致する場合には容認するが、日本の原理原則と矛盾する場合には在日米軍基地の使用を拒絶するということになれば、中国や北朝鮮にしても「アメリカが耳を貸す同盟国」として日本との関係改善に努めることになり、それが地域の安定につながるのではないかと思います。

と、日本に単純な親米・反米に陥らない「独自の道」があると述べる。他国と米国の交渉から「国益をかけて自らの主張を貫き、アメリカと一時的に対立したとしても、むしろそのことが評価の対象になる」「対立を避けようと先方の期待を忖度して黙ってカネを出すような態度では軽んじられてしまう」と国際政治の世界の在り様も教えてくれる。

項目ごとの解説なので結論めいたものは明確ではないが、個人的には、アメリカ相手にしろ、国内相手にしろ、対立を恐れすぎてはいけないと著者は考えているように読み取れた。改憲論議についても

 憲法は改正することが必要だ、と私は考えています。改正すれば、右に左に揺れるかもしれません。世論の動向で憲法の中身も振れるでしょう。しかし、改正を重ねていくうちに、左右の振れ幅が小さくなり、次第に安定していくと思います。

と、議論を経て国の方向性=戦略的思考が定まることに期待しているようなのだ(日本における戦略的思考の不足については、いろいろな箇所で指摘していた)。議論を重ね実行と検証を繰り返し前進すること。民主主義の基本のステップを日本人はもっと踏むべきなのかもしれない。

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