撤退戦でも勝利をめざす話【鑑賞「ダンケルク」】

撤退戦でもエンターテイメントになる、と踏んだところが慧眼でした。

【イントロダクション】
『ダークナイト』『インセプション』『インターステラー』と、新作ごとに圧倒的な映像表現と斬新な世界観で、観る者を驚愕させてきた天才クリストファー・ノーラン監督。彼が、初めて実話に挑んだ本作は、これまでの戦争映画の常識を覆す、まったく新たな究極の映像体験を突きつける。
史実をもとに描かれるのは、相手を打ち負かす「戦い」ではなく、生き残りをかけた「撤退」。絶体絶命の地ダンケルクから生きて帰れるか、というシンプルで普遍的なストーリーを、まるで自分が映画の中の戦場に立っているような緊迫感と臨場感で、体感させる。開始早々からエンドロールまで、映像と音響がカラダを丸ごと包み込み、我々観客を超絶体験へといざなう。
そして上映開始とともに動き出す時計の針のカウントダウン。陸海空それぞれ異なる時間軸の出来事が、一つの物語として同時進行。目くるめくスピードで3視点が切り替わる。これぞノーランの真骨頂!99分間ずっと360度神経を研ぎ澄まさないと生き残れない、一瞬先が読めない緊張状態が続くタイムサスペンス。

【ストーリー】
フランス北端ダンケルクに追い詰められた英仏連合軍40万人の兵士。背後は海。陸・空からは敵――そんな逃げ場なしの状況でも、生き抜くことを諦めないトミーとその仲間ら、若き兵士たち。
一方、母国イギリスでは海を隔てた対岸の仲間を助けようと、民間船までもが動員された救出作戦が動き出そうとしていた。民間の船長は息子らと共に危険を顧みずダンケルクへと向かう。
英空軍のパイロットも、数において形勢不利ながら出撃。命をかけた史上最大の救出作戦が始まった。果たしてトミーと仲間たちは生き抜けるのか。勇気ある人々の作戦の行方は!?

公式サイトより)

このあと独軍に勝利するとわかってても今作は爽快感のある話ではありません。最後にトミーが新聞に掲載されたチャーチル英首相の演説を読みあげる場面があるのだけど、そこでようやく奮い立たされる。今作は戦いを中心とした戦争ものというより危機的な状況からの脱出もの、の映画なのでしょう。昔ありましたね、高層ビル火災を描いた「タワーリング・インフェルノ」とか。だからこそ敵側である独軍の姿ははっきりと描かれない。空中戦で登場する飛行機程度。

冒頭の簡単なテロップで状況を説明した後は細かいリズムを繰り返し刻む劇伴音楽で緊迫感を常にあおっていたのも、舞台であるダンケルクの海岸に独軍が迫っている描写を省く効果があったと解釈しました。独軍兵が姿を見せるのも本当に最後の最後だったし。

生き残るだけで勝利なのです。

と考えると、今作が防波堤、海、空という3つの話を同時進行させるのは、過去のパニック映画であった複数のエピソードを並行して描くパターンをなぞっている、といえる。ただ今作は、防波堤の1週間、海の1日、空の1時間という時間軸が全く違う3つの話をクライマックスで合わせるという構成がキモでした。

でもまぁ思い出してみると、各エピソードの冒頭に「1週間」「1日」「1時間」とテロップは出ていたけれど、時間軸の違いにそんなに違和感がなかったというか気にならなかったというか。むしろ「1週間」「1日」「1時間」というテロップの意味がわかりにくいというか。見終わった時に「3つのエピソードの時間軸って全然違うよね?」と言われる前に先手を打ったというか。3つのエピソードをそれだけうまく編集できていたわけで、玄人はうなるかもしれんが素人は気づかない編集かもしれませんねー。

印象に残ったのは「防波堤」のトミー。普通に順番を待っていたら脱出できるのは最後になってしまうとばかりにあの手この手で早く逃げ出そうとして、その度に失敗する様が辛い。海岸で独軍機から爆撃を受け画面奥から手前へ向けて爆発が続く場面、病院船が魚雷を受け沈没する場面など、ビジュアル的には見ごたえのある場面が多かった。内容的には辛いけど。

で、その辛さを少しでも解消するのが「空」の話。最後の敵機を落とすクライマックスはちょっと出来すぎとは思うけど、ドラマ的にはそんな爽快感が必要なんですよね。その後は辛い結末だけど。

「海」の話は不幸な形で犠牲を出してしまったのが「防波堤」とは別の辛さを感じさせる。戦場の辛さを想像できるが故に罪を咎められない民間人の辛さ。軍人には従わなければならない弱い民間人、とは違うのがまたやりきれない。美談にする(おそらく船内で実際に起こったことは描かれない)ことで救われるのが印象に残りました。

…こう振り返ると、どのエピソードも結局辛い。帰り着いたトミーたちが街で大歓迎されることでようやく爽快感が湧いたかな。こんな「負け戦」でも次を見据えてまずは無事を喜ぶ様子に、撤退を転進と言い換え続けた某国を思い出しそりゃ戦争に負けるわなと考えたわけです。今作で描かれた撤退戦、英国は「ダイナモ作戦」と呼称までしていたそう。現実を見据えその中で最善を尽くすのって大事なことです。苦いけどね。