未来は揺らぎ続けている話【書評「21世紀の自由論」】

著者がこれまでの著書の中で繰り返し述べてきた、情報通信ネットワークの発達とそれに伴う共同体の変化についての考察の集大成と言える本。

結論は「レイヤー化する世界」「自分でつくるセーフティネット」などとほぼ同じなのだが、前提となる社会の変化について、産業構造の変化だけでなくイデオロギーの変化・限界についても考察しており、思考がより深まっていると思えた。

著者の本の中では、これが一番オススメでしょうか。
著者の本の中では、これが一番オススメでしょうか。

元新聞記者の著者は、本を著す以外にもTwitterやメールマガジンで社会情勢、とくに日本のメディアの報じ方について論じてきた。

その中で代表的な考察が、少数派の立場を勝手に代弁して社会を批判する立場「マイノリティ憑依」。「社会の外から清浄な弱者になりきり、穢らわしい社会の中心を非難する」、市民運動やマスメディアなど日本のリベラル勢力の中心的な考え方だ。これへのアンチテーゼがいわゆるネット右翼なのだそうだが、彼らが糾弾しているのも空想上の在日の人間。リベラルもネット右翼もマイノリティ本人の当事者性を無視している点では同じなのだ。

いっぽうで保守の側は、大正デモクラシーを基点とするオールド・リベラリストの流れを汲みながら、経済成長を維持する代わりにアメリカに安全保障を依存するという親米保守の立ち位置を軸としてきた。しかしアメリカは冷戦以降「世界の警察」の立場を降りようとしている。いわゆる「55年体制」の構図はもう成り立たない。

思想的な行き詰まりは、ヨーロッパに目を向けてもさほど変わらない。そしてグローバル企業が新たな「帝国」として我々の前に現れている。

…と、著者は戦後のイデオロギーの変遷を総括する。

著者は今後、「社会には普遍的な価値観がある」という考え方がますます衰退し、最終的には「(グローバリゼーションによる)基盤はあるが、目指す理想は存在しない世界として認識されるようになる」と予測する。そんな世界では理念としての正しさより、生存や豊かさの維持という具体的な目標が問われるという。

著者はこの本の中でそんな姿勢を「優しいリアリズム」と呼ぶが、リーダーシップよりマネジメント、と言い換えてもいい気もする。

そんなマネジメントが行われる範囲ー公共の範囲ーについては「レイヤー化する世界」などで述べた情報通信ネットワークの拡大によって参加者が固定されない、常に入れ替わり得る新しい公共圏が現れる、と著者は考える。我々はその共同体を渡り歩いていく「漂泊的な人生」を送る…というのが著者の最終的な未来図だ。

著者が描く将来社会像は変わっていない。しかし、これまでの著作と異なり、様々な外部の著書を引用して論じているので骨太な論になっている。特に震災以降の日本における、社会問題の論じられ方の限界は個人的にも感じていたので、イデオロギーの変化・限界と合わせて論じられると、説得力が非常に増している。

未来は決してバラ色ではないが、それでも生きていくに値する社会ではあるだろう…というこちらの実感を裏付けるような本だった。

21世紀の自由論―「優しいリアリズム」の時代へ (NHK出版新書 459)
佐々木 俊尚
NHK出版
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