匠の技を味わった話【鑑賞「ブリッジ・オブ・スパイ」】

久しぶりに見たスピルバーグ監督作。硬質で渋く、ユーモアも混じった洗練の極みの一本でした。

冷戦期、米国で逮捕されたソ連のスパイ・アベルの弁護を引き受けることになった弁護士のドノバン。非国民と罵られながらも法に則った弁護を貫いたドノバンに極秘依頼が届く。それはソ連領域でのスパイ活動中に囚われた米兵パワーズと、自身が弁護したスパイ・アベルとの交換。場所はベルリンの壁を築きつつあった東ドイツ。冷戦の最前線の地でアメリカは表立って動けない。ドノバンは母国の支援を表立っては受けられないまま東ドイツに赴く。折しも東ドイツでは西側に脱出しようとしたアメリカ人青年・プライヤーが東ドイツ当局に囚われてしまっていた。ドノバンはパワーズだけでなく、プライヤーも救おうとするが…。

まず、説明的なセリフが極めて少ないのが印象的。登場人物たちが見るテレビや新聞、そこで伝えられるニュースに対する一般市民の反応などで当時の雰囲気を醸し出す。

硬質な絵づくりが印象的でした。
硬質な絵づくりが印象的でした。

また脚本に参加したコーエン兄弟が持つ、独特のユーモアも作品にスパイスのように効いていた。クライマックスで米と東独当局のスタッフ間で見せる握手をめぐるやりとりや、東独でドノバンの前に現れる、いかにも怪しいアベルの家族たちが見せる「ほらやっぱり!」と言いたくなる退場シーン。東独でドノバンが接触する米政府諜報員との宿泊所をめぐる会話。要所要所にぷっと吹き出したくなるような場面が織り込まれている。

一方で祖国の敵を弁護するにも法に則って最高裁まで争い、東独でも米政府は「パワーズだけ取り戻せばいい。民間人なんか知らん」という態度の中、アベル対パワーズ&プライヤーの1対2交換を目論むドノバンの姿は、祖国でも外国でも政府の意向に染まることなく人道的立場を貫こうとする。その姿も仰々しくは描かれない。

むしろ、保険を専業とするドノバンが「交渉は1対1。向こうが何人いても1件は1件」と言っていたのに2対1の交渉に臨むことになったり、米国内の裁判では遵法意識の大事さを訴えていたドノバンが無法地帯とも言える国際交渉の矢面に立たされる様は、史実とはいえ歴史の皮肉を感じさせる。

そしてエピローグ。非国民から一転して国民的英雄となったドノバンが、列車の窓から柵を乗り越えて遊ぶ若者たちを複雑な顔で見つめる様子に、主要人物のその後をテロップでサラリと重ねて終わるのも心憎い。

淡々と進む話で、結末もおおよそ予想通りなのだが人質交換のクライマックスは緊迫感十分。「大人の映画」を見た充実感を持てる1本でした。スピルバーグは匠ですね、今更ながら。