知の力で社会は変わる話【書評「天地明察」】

電子版は合本版も出てます
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目の付け所がいいよね映画見たいねと思ったまま見逃していた一作。原作を先に読んでしまいました。江戸時代初期、天体の動きと全くあっていなかった中国でつくられた暦「宣明暦」をつくり変える使命を担い、幕府初代天文方(天体研究機関)となった渋川春海(しぶかわ・はるみ)の生涯を描いた時代小説です。

史実に基づいた話とあってチャンバラシーンなどはない。しかしこの作品の舞台は江戸幕府の発足間もなく、武士たちが力ではなく文化を用いて治める、社会の転換期として描かれる。暦の改定も同じ。800年にわたって使われた「伝統」を理の力で葬った出来事として描かれる。

不満な点もないわけではない。エピローグが春海夫婦の往生なのだが、そこまで描く必要があったろうか。改暦を帝が認められるか否か、で始まるプロローグと比べ、ちょっと技がない。印象的な場面で締めくくってくれた方が小説の余韻を感じられた気がする。

また春海の描かれ方も終盤になって急に変わったように感じられた。話のクライマックス近くまで何かと狼狽する若者のように描かれていたのに、終盤で急に、先を見越して有力者への事前の根回しを上手くするなど、一気に大人になってしまった。で、プロローグで一気に老いて往生する…。

春海の周りには算術や天体観測に長けた先達、春海に使命を与える幕府の実力者などがいるのだけど、春海は囲碁の達人でもあったけれど、彼に世間知を示すような立場の人物がいると春海の成長が感じられたのではないか。

とは言うものの、旧態依然とした社会に対峙し、武力ではなく知力で社会を変えるため星々の動きを明らかにするという「天への真剣勝負」に挑み、見事読み切って「天地明察」に至った春海は、まちがいなく時代を超えるヒーローなのだった。

SF小説を書く人の作だけあって、人間ドラマだけでなく、算術(数学)や天体など科学の魅力と、科学を社会に広める意義-暴力ではなく文化の力が天下泰平につながる-も感じさせた一冊でした。

天地明察(特別合本版) (角川文庫)
KADOKAWA / 角川書店 (2014-06-20)
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