染み込んだ味を堪能した話【鑑賞「しゃぼん玉」】

作中に登場する郷土料理のように、見た目は地味でも味が染み込んでいる、そんな映画でした。

【作品紹介】
原作は直木賞作家・乃南アサのベストセラー小説『しゃぼん玉』(新潮文庫刊)。TVシリーズ「相棒」で監督を務めてきた東伸児の劇場初監督作品となる。 映画の舞台となったのは宮崎県椎葉村(しいばそん)。 宮崎県北部の絶景や素晴らしい原風景、恵まれた自然の素材を活かした郷土料理も映画に彩りを添えている。
【ストーリー】
親の愛情を知らずに育ち、女性や老人だけを狙った通り魔や強盗傷害を繰り返してきた伊豆見。人を刺し、逃亡途中に迷い込んだ宮崎県の山深い椎葉村で怪我をした老婆スマを助けたことがきっかけで、彼女の家に寝泊まりするようになった。初めは金を盗んで逃げるつもりだったが、伊豆見をスマの孫だと勘違いした村の人々に世話を焼かれ、山仕事や祭りの準備を手伝わされるうちに、伊豆見の荒んだ心に少しづつ変化が訪れた。そして10年ぶりに村に帰ってきた美知との出会いから、自分が犯した罪を自覚し始める。「今まで諦めていた人生をやり直したい」−決意を秘めた伊豆見は、どこへ向かうのか…。

公式ホームページより)

上述のストーリー紹介で話の9割9分くらいまで語ってしまっていて、なおかつこの先ドンデン返しも起きません。シンプルな話といえば、その通りな訳です。しかしエピローグで秦基博の歌「アイ」が流れると場内は涙、涙でしたよ。

舞台が山奥の村なので「聖地巡礼」は難しいかもw

シンプルな話をシンプルに伝えるのは実は難しい。シンプルに伝えるのと分かりやすく伝えるのは時に矛盾することもある。過剰な描写になって観客がしらけることもある。その点、今作はムムッと思うくらい省略されていると感じました。

椎葉の料理に伊豆見が「うめぇ」しか言わないのは予想できるのですが、山並みを眺めながら彼が言う言葉のシンプルさが印象に残りました。あえてここでは書きませんが、同じ言葉を言う場面が(作中確か)2回あります。「この村はいい所だ」とは言ってないが村に魅力を感じていることを感じさせるセリフなのです。

山仕事のしんどさについて美知に面白おかしくぼやいてみせる様もそう。辛い辛いと言いながら山仕事に魅力を感じているのが伝わるんですね。伊豆見が自分の罪に向き合った時、自身に起こったことのエグさも忘れがたい。全般に観客へ過剰に説明せず、理解を促す控えめの描写になっているのが好印象でした。

舞台になった椎葉村の良さをことさらに言うセリフはなく、伊豆見の正体がスマ以外の村人や美知にバレる場面もない。みんな「イズミ」が(苗字でなく)名前だと思っているのは設定上の一工夫ですね。苗字が「斎藤」「田中」とかだったらこの話はすぐ終わっちゃうw。伊豆見がスマに自分の過去を話すクライマックスで、自分の本当の名前を明らかにするだけでグッと印象に残るのが実にうまい。

スマの「坊はいい子」というセリフも心に残るし、伊豆見に山仕事を教え、伊豆見の最後の行動に付き合うシゲ爺も忘れがたい。全てが終わった時、伊豆見の目に飛び込んでくる彼の後姿が泣けるんです。舞台になった宮崎県ではすべての映画館で上映されておりますが、全国ではまだまだ上映スクリーン数は少ない…。お近くの劇場でかかったらぜひ。丁寧に作られたいい映画でした。