小さな力が集まっている話【書評「初音ミクはなぜ世界を変えたのか?」】

まずはこの動画から。Googleのウェブブラウザー「Chrome」のコマーシャルビデオ。

個人で作った曲(1次創作)がイラストや動画など次の創作を生み(2次創作)、何千人が集まるライブにまでつながる、日本のムーブメント「n次創作」とは何か、このビデオは描いている。この本は、音楽における「n次創作」の誕生とこれからを書ききった一冊です。

内容(「BOOK」データベースより)
新しい文化が生まれる場所の真ん中には、インターネットと音楽があった。2007年、初音ミクの誕生と共に始まった三度目の「サマー・オブ・ラブ」とは。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
柴/那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンにて『ROCKIN’ON JAPAN』『BUZZ』『rockin’on』の編集に携わり、その後独立。雑誌、ウェブメディアなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー・記事執筆を手掛ける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(以上、アマゾンの書籍紹介ページより)

「サマー・オブ・ラブ」とは音楽が新しい文化を生み出し、社会現象になった時期のこと。これまで2度あったとされ、1回目は1967年からの数年。米国でヒッピー文化や反ベトナム戦争運動や公民権運動を背景に伝説のイベント「ウッドストック・ミュージックフェスティバル」が行われた。2回目は1987年からの英国。テクノミュージックなどのクラブカルチャーが広まり「セカンド・サマー・オブ・ラブ」と呼ばれる。

著者は「セカンド・サマー・オブ・ラブ」の20年後、2007年からの日本に「サード・サマー・オブ・ラブ」が起こったと説く。

表題は「変えたのか?」だけど、これからも初音ミクは世界を「変えていく」のでしょうね。
表題は「なぜ世界を変えたのか?」だけど、これからも初音ミクは世界を「変えていく」でしょうね。

コンピュータを歌わせる基本技術「VOCALOID」の開発、「VOCALOID」をつかって架空の少女が歌うというコンセプトの元で開発されたソフトウェア「初音ミク」の発売。そして「初音ミク」を購入した一般人が続々とネット上にアップするオリジナル曲。その曲を気に入った別の一般人がイラストを描き、3D動画で踊らせ、実際に演奏し、踊り、それをネットにまたアップし…という日本のユーザーたちが自発的に起こしていった創作の連鎖が、当事者たちの声を隅から隅まで集めて描かれる。

この創作の連鎖、一貫して存在しているのは先達へのリスペクトだと思う。よいソフトを作った人への、よい曲を作った人への、よい動画を作った人へのリスペクト。一方でこの流れの「川上」にいる人は著作権など様々な権利も持つ。その権利を侵害せず創作に水を差さないようルール、マナーの整備(作品を使わせてもらったら作者に「ありがとう」と伝えましょう)を図ったこともすばらしい。

こうまとめてみると「サード・サマー・オブ・ラブ」は、消費者と製作者の壁がなくなっている点で、前の2度の「サマー・オブ・ラブ」とは大きく異っている。3度目、というより全く新しい音楽文化の始まりかもしれない。

以前「メイカーズ」という本を読んだ際「著者は「自分がほしい物を作ってそれを売る」ニッチなビジネスが先進国に広まっていく…と予想する。しかしスミマセン、「一家に一台3Dプリンタ」って世界は全く想像できない。だって使い道がわからないもの。」と書いた。日本でのメイカーズムーブメントって(「メイカーズ」が紹介した)レゴのアクセサリや自動車、ドローンより、「初音ミク」に代表される「n次創作」がそれにあたるの気がする(ビジネスとしてはあまり成立していないけど)。

この本の最後は「サード・サマー・オブ・ラブ」の終わりにも触れている。2013年頃からネットでの動画再生回数に落ち込みが見られてきたという。

いっぽうでブームとしては区切りを迎えても、デジタルの歌手が歌う文化としての側面、音楽とテクノロジーの研究開発としての側面はこれからも進むことも示している。

この本以降の出来事としては、「初音ミク」で作られた楽曲「千本桜」を2015年NHK紅白歌合戦で小林幸子が歌い話題になったり、ソフトウェア「初音ミク」が2015年8月、バージョン4になってシャウトやささやきも可能になったりした。また、キャラクターとしての「初音ミク」は2015年秋、シャンプーのCMに出演するという。

リオデジャネイロ五輪の閉会式で行われた次回開催都市・東京のデモンストレーションでは、ゲームやアニメのキャラクターが次々登場し、現代の日本のアピールに一役買っていた。「初音ミク」もその流れに乗りつつあるのかもしれない。

キャラクター、ひいては文化をみんなで育て大きくする。すぐに金にはならないけど「みんなの力」を集めて大きくできるのは今の日本の特徴なのだ。そういえば今夏大ヒットした怪獣映画もそんな話でしたね…!

初音ミクはなぜ世界を変えたのか?

初音ミクはなぜ世界を変えたのか?

posted with amazlet at 16.09.03
太田出版 (2014-05-15)
売り上げランキング: 21,183