自分の立ち位置を考えた話【書評「リスクを取らないリスク」】

本のタイトルから、著者の個人的体験を強引に一般化したような本かも、と構えながら読み始めたが、実際は日本経済全般から個人のあり方まで明瞭に論じた本でした。

この本で著者が述べていた通り、米は2015年に金融緩和を終えました。
この本で著者が述べていた通り、米は2015年に金融緩和を終えました。

著者はNYに拠点を置く投資顧問会社の最高運用責任者。表題通り「リスク」について書かれたこの本は、経済からの視点で「リスクの担い手がいないとどうなるか」を説き、個人一人ひとりがリスクをとる人「リスクテイカー」として日本経済の成長に貢献してほしいと訴える。

著者はマクロ経済から見たリスクをとることの意義、リスクをとることを避けてきた国、企業、個人としての日本経済の現状を説明し、結果、他の国と比べ日本経済が成長していないことを指摘する。

著者が言う資本主義のルールとは「『頑張った人に褒美が与えられる』だけでなく『リスクを取った人にも褒美が与えられる』」というもの。つまり人間は「弱いもの」「リスク回避的なもの」であるが、「弱さに打ち克って頑張っている人」「リスクを取る人」にご褒美を与えるのが資本主義なのだという。

その視点から著者は、市場に出回る通貨の量を増やさなかった日銀、利益を生まない先で積立金を運用している政府の年金政策、資本が過剰になっても株主に還元しない企業などを「リスクを取らないリスクが生じている」と批判する。

リスクを取らない政府や金融機関、企業の振る舞いは成長しない経済、という形で国民一人ひとりにも返ってくる。著者は「日本では多くの、非常に質の高いサービスが提供されているが、これらは、昔から提供されていたものではない。経済が成長するにともない、国が豊かになるにしたがって、徐々に提供できるようになってきたもの」「経済成長がなければ、皆さんは今の生活水準が維持不可能か、将来生活水準の低下がほぼ間違いない状況になる」と断言する。

冷静な筆致で経済のあり方を論じ、リスクを取らないリスクの影響が我々の生活にも及ぶことをきちんと説明しているのが実に興味深い。

 努力しても、リスクを取っても、それに対するご褒美がないと国民が開き直ってしまった場合、人間のそもそもの性質である「人間は弱いもの」「人間はリスク回避的なもの」が顕在化し、経済が成長しなくなってしまうということです。低成長がもたらす問題は格差よりもずっと大きいものです。国防、治安、外交、財政、教育、医療、年金、貧困など、国が抱える多くの重要な問題が解決不可能になり、ひいては多くの国民の命に関わる問題に発展してしまいます。

という指摘は重い。

本の後半では個人でできる具体的なリスクの取り方も紹介している。著者のこの部分の主張をどこまで採用するかは個人個人の判断によるのだろうが、サラリーマンとして今日も昨日と同じように働くのでは気づかぬうちに「リスクを取らないリスク」を負っているのではないかと思わされた。

リスクにどう向き合うか、著者は5つの視点を提示している。その中で印象に残ったのは「短期勝負に出ない」こと。特に経済を通じて世の中を見るとき、短期的な視点に立たないというのは大事ではないか。

読み終わって考えたのは、結局、リスクを取るとは「当事者になる」と同義ではないか、ということ。企業や日銀、政府がリスクを取らない様子なのは第三者である我々から分かるだろうが、自分自身がリスクを回避する立場にいるかは気づきにくい。これからは「誰かが何とかしてくれるだろう」的な他人任せな態度に終始していると、とんでもないことになるのだろう。